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貴女に平安あれ!  作者: MUR
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星纏(せいてん)章

 さて、私たちは畔に降りた。

 

 龍の手のひらから解放され、目覚めて以来初めて自分の足で歩く。一体何年ぶりだろうか、懐かしいざわざわとした砂利の感触を足の裏に感じる。そういえば、足は裸足だった。懐かしい両足を見るとそれはやけに白く小さい。


 ドキンと心臓が跳ね上がった。洞窟は暗かったので己のパーツをよく見ることができなかったのだ。


 私はとっさに自分の手を見た、腕を見た、腹を見た。違う、全く違う。病床にあるような老人の身体ではなかった。それはまさしく見ず知らずの若い女子おなごのもの。


 いや、これは本当にたちの悪い幻だ。私はバカめと思い、各々を触り、叩き、強くつねりあげた。しかし散々痛めつけられた部分は、赤くなりわずかな熱を発した。


 それだけではなく手のひら、そして脇は汗の玉によってすっかり潤っていた。夢で汗をかくだろうか?




(こ、こんな……)


「さぁ、さあ」 龍が後ろから鼻頭で私の背をずぃっと押した。水面が1mほど近づいた。


「いやっ、ちょっと待て! 待て!」


「本当に今は非常時なのです。己にお帰りください。」龍はなおも強く背を押した。それに対し、私は負けじと背筋をピンと張り抵抗をはじめた。


「わかった! わかった! だから押すな!」 強引な龍の鼻頭に押し倒されそうになった私はとっさに龍の鼻毛を掴んだ。しかしこれがいけなかった。


「ふわぁあッ!?……フッ……フファッ!……ッァアアッッッグォォォオオン!!!」爆発と何ら違いのない龍の大きなくしゃみが周囲のもろとも私を水面まで吹き飛ばした。



 何を思う間もなく、強制的に水の中へと放り込まれると次なる行動は決まっている。体は生きるために空気を求めて浮上しようとする。私もその例外になかった。そして浮かび上がった先で自分の姿を見つめなければならないということは不可避だった。



「……っバぁ!」 勢いよく水面から私は顔を出した。



 幸いなことに吹き飛んだ先は浅瀬であり、私は自立することができた。そして安心感から腰までつかった水面にうつる己と何のためらいもなく向き合ってしまった。




 臀部まで届くような長い灰白色の後ろ髪。水面からこちらをまっすぐ見つめ返す大きな碧眼は地球の青のように濃い。唇や鼻は小さく、揺れる水面の中で僅かだがそれらにかかる朱色を見つけることができる。


 また、その小さい女子の顔はマネキンのように隙なく整っているが、耳がやや尖っておりそれがいよいよ人間離れした顔の証左となっている。


 緊張とから窒息から解放された控え目な胸は、今なお騒がしく鼓動している。


 

 私は意外に思っていた。落雷のように驚くべき事実が目の前に突きつけられたとき、人は取り乱すものばかりだと思っていた。実際そうだった。


 私が軍にいた時、政壇に立っていた時、病に伏していた時、何度もそれを目の当たりにしたものだった。ところが今、一度人生を終了し再び生を受けたのだろうという今、私は事実に対して”諦認”という反応があることを知った。


 あぁ、そうか。やはり私は私として生き返ったわけではなかったのだな。存外認めてしまえるものだ。水は冷たいし、息は苦しい。これは現実だ。



だが、本当に私はこの体の持ち主が誰なのかは知らない。私はどうすればいいのだ。




「わかった……もう、十分だ」 それでも頭が混乱してとんちんかんな言葉が出てくる。何が十分なのか。


「お嬢、水からお上がりください。その姿ではお身体に障ります故、すぐにでも我が魔炎によりかつてのを縫製いたします」




 そういうと龍は大きく天を仰ぎ、太陽の光を遮るほど分厚い黒翼を広げた。その大きさたるやまるであたりが夕闇に落ちたかと錯覚するほどであった。


 そして龍は周囲の空気を砂や枯草を一反木綿のような複数の白い筋とともに吸い込み始めた。それは本当に豪快な様だ。だが驚くべきはこれからであった。


 わずかではあるが、龍の口元には眩しく青白い球体がたゆといはじめたのだ。それは時を経るにつれて大きく膨れ上がり、人の頭よりも一回り大きくなったときには稲妻を従えるよう育った。あたりには何かが焼け焦げるような匂いが満ち始めていた。


 しかしさらに球体は育ち、激しく稲妻とともに震えるようになるとその姿は蜃気楼のように不確かだが袖があり、胴があるローブのようなものへと徐々に溶け変わっていった。そしてそれは稲妻の色によって白色と空色に明確に分かれて着色され、またあるところは焦げによって黒色の装飾が施されていった。


 こうして見るものを喜ばせる色と畏れさせる荘厳な形のローブは、龍によって紡ぎだされた。龍はそれを口にくわえ、私の前へと差し出した。



「お嬢のお召し物を編み上げたのはこれが初めてでございます。未熟故、お嬢が以前自ら編み上げたものと比べ機能は落ちているものと心得ます。

だが、まずは秘所をお隠しになるという意味で着ていただきたい」



「う、うーむ……そうだな。自分の身体ではないし、そもそも人前でもないが全裸というのはとりあえず恥ずかしいな」



 私はローブを受け取ると、着慣れない女物のそれに四苦八苦しながら時間ををかけて着た。ローブは上下セットになっており、下は膝丈より上の短いボックススカートになっていた。




「……これは肌出し過ぎじゃないか? なぁ?」


「私も遠い昔、初めてお会いした時にそう申しましたがお嬢が頑なに修正を拒むのでお心意気を尊重いたしました。こうしてみると本当に何一つお変わりない。私は嬉しく存じます。その懐かしいお姿、本当に感激しております」




 そういう龍の瞳は水っぽさを帯びており、とうとう涙をこらえきれなくなったのか再び天を仰いだ。




「あぁ、そうなのか……ありがとう」



 どこのどなたかはしらないが、人間ならそう言われたらそう返すしかないではないか。


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