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貴女に平安あれ!  作者: MUR
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拓岩章

友人にヤバいと言われました

(あーててて……なんてことじゃ。霊魂のわしが吹き飛ばされるとは……一体何が……)


 私は暗闇の中で目を覚ました。目を覚ました、という言葉は不思議だ。なぜならば、私は霊魂。つまり死者なのだから気を失うことなどありえない。故に、気を失うということは今までになかったのだが、実際背中にはごつごつとした岩の感触がある。つまり床に倒れていたことを鑑みるとやはり気を失っていたのだろう。


 そしてまたさらに不思議だ。何か物に触れる感覚など久しくなかったことなのに、どうして?


 しかも、何年ぶりだろうか。身体がひどく痛むのだ。やはりそれも霊魂の私にはなかった感覚だが、今は生前に受けていたような懐かしい痛みを身体中のいたるところに感じている。あたりが暗闇に包まれている分、感覚はより一層鋭くこれが現実であることを私に叫ぶ。


(うん……ぬぅ……ッ!!)


 なんとか身体を動かそうとするも、どうやら両腕両足が岩に挟まり動かない。その事実に私は見えない目をいよいよ疑った。


 ありえないのだ、霊魂である私が物をすり抜けられないということは……ということは、全身に感じる岩の感触も痛みも正真正銘本物の……


(ば、バカなッ……! こんなことがあるはずがっ!)


 そうだ、あの瞳を焼くような光が私に何かをしたのだ。私はとっさにそう思った。あの光以外なんのきっかけがある?


 いや、おそらくはあの光を浴びたものすべてが何らかの影響を受けたに違いない。世界がどんな影響を受けたのか一刻でもはやく確かめなければならない。これは一大事になるだろう。


(ふん…………ッ、くぉおおッ……)


 私は渾身の力で両腕を動かそうと努めた。老いてもなお、誇り高き民族の霊魂。これぐらいの岩を動かせんでなんになるのか。


 力を込めた両腕に震えが走り、懐かしい筋肉の脈動感がおどり現れる。だが、岩が動く気配は一向に感じられない。さすがにこの私でも力をこめ続けるのには限度があるもの。


 疲れから私が力を一段を緩めた瞬間、眼前の岩がガラリと失せ、私の視界に一筋の光が飛び込んできた。


(や、やったのか……!?)


 それは例の光とは違う、優しい太陽の光であることに疑いはなかった。そして光はにわかに私を元気づけた。


 私は体を左右に大きく揺さぶり、脱出に拍車をかけた。私は神を信じてはいなかったが、思わぬ機会にこの時ばかりは神の存在をごく身近に感じたのだった。


(あぁ……早いところ抜け出して外の様子を見なければ!)


 より大きく身体を揺さぶろうとした次の瞬間、目の前にひとつの黒曜石のようなものがゴツンと落ちてきた。いや、落ちてきたのではない。そしてよく見ればそれは黒曜石でもない何かだった。


 その黒い塊は、私の前の瓦礫をまさにブルドーザーのようにかき分けて取り除いた。人の仕業かと疑問に思ったが、その答えは徐々に増す光とともに明らかとなった。


 それは爪。巨大な黒光りする爪。そしてその持ち主は……巨大な黒龍……!? 紅い目を携えた想像上の生き物であるはずのそれは私にのしかかる瓦礫を静かにゆっくりと取り除いていた。


 ああ、いい加減にしてくれ。夢なら覚めてくれ。


 私はおかしくなってしまったのだろうか。こんなときに龍の幻をみるなんて。いや、私の存在も生きとし生けるものたちにとっては不思議なものだ。しかし、龍は……龍はあり得ないだろう。それに私の瓦礫を取り除いているのは誰だ? まさにこの龍に他ならない。いったい何のためにがれきを取り除いているのだ。私を喰らうためだろうか、ご丁寧にも私に傷をつけないようにゆっくりと取り除いているように見えるが。



 私はこれからの末路をあまり考えないようにした。どうせ一度死んでいるのだ。2回目も3回目も同じことである。だが痛いのは容赦願いたい。死に方ひとつで人は人生が幸せであったか否かがわかれるものだ。喰われて死ぬのは最も不幸な死に方の一つだろう。


 龍は瓦礫を取り除き終わると、私の顔を紅く大きな眼でじっとみつめた。



(なんじゃあ! 人の顔を見て! 喰うならはよ喰わんかい!)



 私はそう叫びたかったが声が出ない。だからそういわんとばかりに龍をにらみ返した。


 しかし龍は私を喰らうどころか意外な行動に出た。その頭と巨躯を地面に伏せ、あたかも服従をするかのようにポーズをとったのだ。



(???……な、なんじゃあ……?)



 私の頭はすでに何が起こりつつあるのかについて考えることを放棄していた。頭から出でるのは疑問符だけ、こうして異常な現実に対して目を開いているだけでも相当頑張っている方なのだ。本当はもういっそのこと気を失ってこれが夢であることを確かめたい気持ちでいっぱい。


 そして龍はおもむろに巨大な口を開いた。その中には溶岩のように赤黒い歯ぐきがあり、そこから鋭く無数の銀の牙が生えている。そのあまりの邪悪さに私は先ほどの服従ポーズがいけにえを喰らうための一種の儀式だったのではないかと勘繰った。そして今口を開いているのはまさしく私を喰らうためだと。


 しかし、龍はこう叫んだ。



「おぉ、偉大なる神。全知にして全能、寛大にして慈悲深き7つの天の創造主が蘇られた。」



 岩壁を揺るがすほどの大きなしかし老人のようにしわがれた低い龍の声があたりに響きわたった。



(……はっ?)


 どうやらとんでもない人違いをしているらしい。私が何も応えないでいると気まずい沈黙が一人と一匹の間で流れた。


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