英雄、吹き飛ぶ
……ここ200年間、私の知る限りこの星に平安が訪れたことはない。
殊にこの荒れた砂の地においては、私の生まれるはるか前から戦いは続いているようなものだった。私もまた多くの戦いにのり、当事者として結末を見てきた。しかし、かけがえのない戦友たちと潜り抜けてきた数多くの死線は、この地においては、そう、砂漠の砂粒のように些細なものにすぎないのだ
……私の名はムスタファ・ケマル・アタテュルク。
悲しいことに、もう誰も私の名を心の中にとどめようとする者はおらん。私の名を冠した諸物は”争い”という砂嵐が吹きすさぶこの星ですり減り、すっかりなくなってしまった。
私が愛していた祖国は約200年前の姿へと巻き戻り、根拠もない禁忌を唱える愚か者とそれを盲目的に信仰する民にあふれている。
時は全てを忘れさせてくれる、それは正しい。しかしだからといって、時がすべてを癒すとは限らない。現に私は祖国の現状に心を傷つけられているではないか。いったい私と戦友たちの成したこととはなんだったのか。
……愚痴ばかりで済まない。しかし最近、わが祖国の争いに目くじらを立ててしまうには理由があるのだ。
それはつまり、私の知らない争いがこの星で起こっているからだ。
非常に妙な争いだ……。
別世界からやってくる異形のもの、時には人の形をしているものが、この星の天上天下で不可解な力を以って戦っている。近くによって様子を伺うと、不可思議な異形たちは千差万別な姿をしているが、目的はどうやらそれぞれ定まっているようだ。
宙から落ち来るものたちは、この星に災いを引き起こそうとしているが、それを迎えるものはこの星に平安をもたらそうと抵抗しているらしい。
わしもすでに老いたる体(すでに霊魂となり果てている)だが、戦友を引き連れて銃弾の雨を進んだときの勇気は永劫現役でいるつもりである。故に、星の防人である異形どもに加勢したいと熱望するが、いかんせん肉体がなくまさに手も足もでないのだ。
だからこそ、実際に異形どもに加勢できるはずの民が仲間同士、無下に争っているのをみると私は怒りと焦りを覚え、余計に目くじらが立ってしまうのだ。
「……えぇい! 人々よ、空を見よ!! 今日も異形どもはこの星の命運をかけて戦っているではないか! いったい指導者は何を見ておる!? 目先のことしか見ぬから、空を見上げて大切なことに気づくことも忘れてしまうのだ!! 民も民で……っ! なんだあの光は!? うおおッッ……!!!」
突如、太陽と見間違えんとばかりの光があたり全体を一瞬包み、わずかに遅れて大きな衝撃波とともに轟音が響き渡った。
私は霊魂だから死にはしない。だが、空気を伝播する大きな衝撃に吹き飛ばされることはままあることだった。故に私の身体は黒い塵とともにどこか未明に吹き飛ばされていったのであった。