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クランと神様

 あれから四日、MPKには逢わずに、順調に狩りを進めている。七階にも進んだ。七階は猫科の動物がいた。ウルフよりも機動性、柔軟性の高い豹や虎といったモンスターが出てきたが、スパイダーウェブで速度を鈍らせると、対応することができた。

 ドロップの毛皮により稼ぎも上がり、食費を切り詰めるほどの状況からも脱出。今日はアラクネ様も交えて、外食へと出かけた。


 夕食時の酒場はどこも繁盛していて、迷宮帰りの冒険者が溢れていた。

 ひだまり亭という酒場で、初めての外食会に祝杯をあげた。

「合同入団会でタモツと出会い、ここまでなるとは思わなんだ。皆の協力に感謝する」

「ふふん、ワタシのおかげだねっ」

「ドリス様はともかく、タモツさんは凄いですよ。新しいモンスターにも素早く対応されますし」

 まあ攻略サイトのおかげなんだけど、そこは言うわけにもいかない。

「皆のおかげだよ、フィオナが来てくれたおかげで、安定したし、ドリスもきっちり仕事してくれてるしね」


「皆仲良くてなによりじゃ」

 そういうアラクネ様は、少し寂しそうではある。神様は迷宮には入れないそうなので、仕方ないのだが……。

「クランのメンバーが増えればいいんですけどね……。次の合同入団会はいつなんです?」

「あれは半年に一回じゃから、まだしばらくはないのぅ」

「裁縫クランとして、求人を出すとかは……」

 その提案に、皆の表情が曇る。以前、アラクネ様の正体が蜘蛛だということで、女の子のウケが悪いとは聞いたが、それだけが理由じゃなさそうだ。

「たまにタモツは世間に疎いとこあるよね」

「アラクネ様の縫製は素晴らしく、織物もきめ細やかで人気は高いのです。値が張るので、あまり手は出ないのですが……」

 じゃあ、少しは値段を下げればと思うが、そういうことでもなさそうだ。


「対立クランを知っておるかの?」

 迷宮街という狭い中で、同じ迷宮を利用して利益を得ている関係上、どうしても競合相手は出てくる。

 戦闘クランは獲物の取り合いや、最深部攻略の速度。鍛冶や薬品などの販売系クランも、競争相手とシェアを奪い合っている。

「裁縫にも有力クランがあるという事ですか?」

「それもあるけど、どっちかというと過去のしがらみ?」

「当時はわらわも若くて、ちょっと天狗になっておって……」

 人の作品をけなして、さらにはゴシップを風刺した作品を発表したりと、煽った事かあったみたいだ。

「その相手が有力クランじゃから、色々と圧力があってのぅ」

「ちなみに、その相手というのは……」

「アテナじゃ」


 バリバリの戦闘系で攻略組として有名だが、裁縫クランの側面もあったようだ。

 おかげでアラクネ様が作った物を販売しようとすると、安価で買いたたかれ、高値を付けられあまり売れなくされている。

 買う方も有力クランに目を付けられたくないので、大っぴらには買えない悪循環。

 弱小クランに独自で販売する力は無く、泣き寝入りするしかない状態だ。

 神様の世界も世知辛い。

「わらわの作品を好きだと言ってくれる者もおるし、今はタモツも頑張ってくれておるし、大丈夫じゃよ」



 八階は鬱蒼とした森になっていた。フィオナがいた森のような静謐な感じはなく、どこかおどろおどろしい。

「薬になる草木も多いので、以前はここと九階が、主な狩り場だったんです」

 そう言いながらフィオナが案内してくれる。垂れ下がるツタや、生い茂る木々で視界は悪い。出てくるモンスターも食人植物や、蛇など不意打ちが得意なモノが多いらしい。

「森の事なら任せてよ!」

 と、ドリスがやる気になって、不意打ちへの警戒もやってくれている。森の精霊としての面目躍如といったところで、スムーズに探索も進む。


 昼になり休憩に寄ったのは、少し開けた綺麗な泉で、他の冒険者パーティーも見かけた。

「おや、フィオナさんじゃないですか」

 フィオナに話しかけてきたのは、落ち着いた雰囲気の青年だった。金髪のショートカットで、青い瞳が良く似合ったなかなかのハンサム。

 話しかけてきた雰囲気から、かつてのクラン仲間なのだろう。

 ドリスは外套のフードを目深に被り、関係ない風を装っている。ちゃんと謝れよ。

「貴方も遂にドリス様を諦めましたか。正解ですよ、私は今アルテミスクランにいますが、中規模のクランは稼ぎも安心感も全然違いますから」

「そうですか」

「貴方は今、どちらに?」

「アラクネ様にお世話になっています」

「アラクネ……」

 しばらく視線をさまよわせ、記憶を探り、ようやく思い至ったようだ。

「また貴方は小さなところですか? 貴方の実力ならもっと大きなクランでも歓迎されますよ。なんなら、アルテミス様に紹介しましょうか?」

 おいおい、迷宮内で勧誘かよ。

 エヘン、エヘン。

 わざとらしく咳払いすると、相手も俺の存在を思い出したらしい。

「今は探索中でしたね。月光亭にいますから、気が向いたら会いに来て下さい。それでは、失礼します」

 ちゃっかり連絡先を教えつつ去っていった。

 丁寧な感じの割に、いけすかない印象だ。

「悪い人ではないんですけどね」

 フィオナは少し困った様子を見せている。

「下心が見え見えなんだよ!」

 ドリスのクランを抜けて良かった的な事を言われたドリスは、ご立腹の様子だ。でもそれはドリスも悪いんじゃないか?


 しかし引き抜きもアリだとすると、弱小クランはきついモノがあるな。神様との繋がりで簡単には鞍替えもしないんだろうが、選択肢は冒険者の側にある。

 迷宮の奥を目指すなら、戦力の充実は計りたいところだし、どうしたものか。

 昼からも狩りを続けたが、頭の中はもやもやとしていた。


 迷宮探索を終えて、クランハウスへと戻る。戦利品の多くは、フィオナが加工した方が高く売れるということで、持ち帰った。

「ドリスも薬を作れないのか?」

「ま、魔法が使えたら、ぱぱっとやっちゃうんだけどね~」

 視線を泳がしながら答えている。無茶振りだったらしい。

「早速準備していきますね」

 フィオナは薬草などを取り出し、加工を始める。こうなると邪魔になりそうなので外出した。



 向かった先は奴隷商。

 獣の毛皮である程度稼ぎ、回復薬を販売できる環境が整ったことで、収入アップが見込める。

 欲しいのは人手。弱小クランが頼れるのは、ここくらいしか思いつかなかった。

「いらっしゃい。貴方は、タモツ様ですね」

 一回来ただけの客を覚えていたみたいだ。

「奴隷も働いているようで、何よりです」

「え?」

 商人の言葉に振り返ると、ドリスも付いてきていた。

「いつの間に!」

「もう、性奴隷が欲しいなら、いつでも相手するのに~」

 いや、違うし。

「むっつりさん、フィオナの胸ばかり見てるから、欲求不満なのかと」

「ち、違うよ!?」

 だって大きいし、目に入るじゃないか。

「そんなんだから、童貞チェリーなんだよ……」

 ぼそりと呟く。これに反応したら負けだ。

「今日はどういったご用件で? 性奴隷もそれなりに揃っていますよ」

 しっかり聞かれているじゃないか!


 ここに来たのは、クランメンバーを増やせないかと思ったからだ。

 ドリスみたいな規格外商品はそうそう無いだろうが、契約があるため引き抜かれることのない人材というのは魅力的に思えた。

「裁縫ができそうな者を探してる」

 それとアラクネ様は大丈夫だと言っていたが、昼間に一人で作業してるのは忍びない。

 ちょっとでも話し相手になってもらえるかと思ったのだ。

「わかりました、こちらへ」


 以前も通された檻が並んだ一角。今の時間は男達も自室へと戻っていた。腕立てをしたり、本を読んでいたりと、思い思いの時間を過ごしている。

 女性達の檻まで行くと、着飾った人達が並んでいた。

「一日なら銀貨一枚らしいよ、旦那」

 今日はそうじゃないと言ってるのに。興味がないと言えば嘘になるけど、今日は違うのだ。

「この辺りが、ご要望の裁縫技術を持った者です」

 やはり着飾った様子ではあるが、少し雰囲気は違う。化粧が薄く、年齢層も若めだ。

「多かれ少なかれ、奴隷は料理や裁縫をたしなみますが、ここにいるのは特に裁縫作業を望んでいる者達。着ている服も自分たちで作らせています」

 なるほど、本人に加えて、作品の展示でもあるのか。となるとアラクネ様に見てもらった方がいいのか?

 素人目には、どれも素晴らしい出来に見える。金額は銀貨10枚から。銀貨20枚からの戦闘系よりは少し安いのか。


「そういえば、クランってどうなってるんだ?」

「スラム出身の中には未所属もおりますが、大半はステータスの低い者達ですね」

 なるほど、加護の少ない者が稼ぎきれずに犯罪に走りやすい訳か。

「クランの切り替えは?」

「クランの神様に解除してもらわないと駄目だね」

 ドリスが答えてくれた。

「まあ、奴隷に落ちてる時点で、クランとしては価値もないし、解除に応じるのが普通だよ」

 クランの仲間って結構ドライなモノなのか。

「クランに未所属の者は伸びる可能性もあるので、割高になっています」

 将来性が数値で分かってしまうのは、残酷な世界だな。


「うん、分かった。また近いうちに寄らせてもらう」

「そうですか、お待ちしております」

 冷やかしに近かったのに、嫌な顔一つしない、商売人だな。



「という訳なんですが、どうですか?」

 奴隷商から戻って、アラクネ様に提案してみた。

「わらわの事は気にせずともよいというに……探索メンバーを増やした方がよいのではないか?」

「探索中にもふと気になったりしますし、戦闘できる奴隷は高いので……」

 アラクネ様は苦笑しながら頷いた。

「仕方ないのぅ、そこまでいうなら見てみるとするかの」


 翌日、迷宮探索後にアラクネ様を連れて、奴隷商を訪れた。

 さすがの神様連れには驚いた主人も、そこは商売人。すぐに動揺を抑えて、檻へと案内してくれた。

「なるほど、皆なかなか良い腕をしておるな」

 織物の神からの褒めの言葉に、少女達は嬉しそうに頬を染めている。

「優劣は付けづらいか、強いて言うならソナタかな」

 五人のうちの、左端にいた少女を指名する。

 ソバージュのかかったような茶色の髪をした、そばかすの残る幼い感じの子だった。十五歳くらいだろうか。

 ただその少女は、はっとしたように顔を伏せた。

「あの、私は、アテナクランに所属してまして……」

 そうか、対立クラン。織物を習う子が、アテナクランである可能性は高かったのか。

「ふむ、通りで織り方に馴染みがあると思うた。わらわでは嫌か?」

「いえ、滅相もない。ただクランの解除に行かないといけませんので……」

 すんなり解除して貰えるかもしれないが、どこに所属するのか聞かれたらややこしい事になりかねない。

「ふむ、わらわも共に参ろうかの」

「え?」


 ナターシャというその少女と共に、アテナクランを訪れた。探索系としてもトップを争うクランだけあって、立派な建物だ。石造りの建物は、オリンポス神殿を思わせる。

 受付でクラン解除の為に、アテナ様への面会を申し込む。一時間ほど待たされてから、謁見の間へと通された。

 金色の髪をした神々しい女性が立っていた。布を巻き付けたような優美なドレスを纏っている。

 手には円形の盾を持ち、やや鋭く見える眼差しがこちらを見ている。

「ナターシャというのは、アナタですの?」

「は、はい」

 跪き頭を垂れたまま、ナターシャが答える。

「奴隷になった者を引き留めるつもりはないわ。背中を見せなさい」

 ナターシャは上着を脱ぎ、アテナへと背を晒す。アテナの指がそこに触れて、祝詞のような言葉が紡がれる。

 すんなりと終わったなと思った時、その質問がなされた。

「で、どこにいくのかしら?」

「え、あの、それは……」


「わらわのところじゃ」

 隠れていたアラクネ様が、姿を現し名乗り出た。

「あら? アラクネさん、ごきげんよう」

「久しいな、アテナよ」

「あらあら、まだ地上にいらしたとは。もうとっくに天界に戻ったと思ってましたわ。クランの活躍も『全く』聞きませんし」

「まぁのぅ、うちに入らぬよう誰かに妨害されての」

「へぇ、そんな暇な神もおられるのですわね」

「うむ、困ったものじゃよ」

「おほほ」

「ふふふ」

 何やら怖いやり取りが行われている。

「それは大変ですわ、うちの子を譲りましょうか?」

「まあ、ナターシャが来てくれるというで、問題はないのじゃ」

「そうでしたわね。精々かわいがってやって下さいましね」

「うむ、よい職人になるじゃろうて」



「生きた心地がしませんでしたよ」

 アテナクランを出て、クランハウスへの帰り道。

「まあ、ちょっと色々あったから……のう」

「大丈夫でしょうか……」

 ナターシャは不安そうだ。

「何、職人は腕がすべてじゃ。作品が物語るじゃろうて。ソナタを捨てたことを後悔させてやるがよい」

 ナターシャはそんな風に言われて、萎縮している。

「あまり気にしないで。今日からよろしくね」

「は、はい、よろしくお願いします」

 こうしてまた一人、クランメンバーが増えた。

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