怒りと焦りと失うモノ
翌朝、回復薬に銅貨50枚。残り銀貨1枚、銅貨少々。レッドラインと言えよう。少なくともプラスで終えないといけない。
「ねえ、今日くらい休んだら?」
「いや、今日だからこそ行かないと」
胸の内に怒りがあるうちに。
横暴な冒険者達、注意のたりなかったドリス、そこに怒りはない。
やりたいことを満足にできない、自分自身に対する怒り。長らく忘れていた、流されるままに暮らしてきた自分への怒り。
俺はそれを燃料に、迷宮へと入った。
俺は攻略サイトを参考に、二階へと至る。
ここはレッドキャップという小柄な妖魔が出る。赤い帽子をかぶった獰猛な顔をした小鬼。武器はなく、長い爪で攻撃してきて、動きも直線的だが速い。
「スパイダーウェブ!」
まっすぐ突っ込んでくるレッドキャップに、魔法で足止め。動きが止まったところを仕留める。
やれる。
俺は五匹くらいを倒しただけで、三階を目指した。
三階からは敵も二体で出てくるようになるが、出てくるのはクレイスライムとレッドキャップのみ。
レッドキャップを優先して倒し、クレイスライムは確実に一体ずつ。
「ドリス、離れないで」
「う、うん」
彼女が近くにいれば、スキルの恩恵で体が軽く感じる。どう攻めれば効果的か、頭に浮かぶようになる。
彼女の存在は、そこにいるだけで俺の力になる。自分の未熟さを感じれる。
「ねぇ、そろそろ疲れたよ」
「ん?」
言われて端末を確認。午後五時になっていた。八時過ぎから潜っているから、まだ九時間。途中で昼休みもあったから八時間ほどか。
以前は十六時間労働とかもあった事を考えると、まだまだこれからって感じではあるが、ドリスは疲れているみたいだ。
「そうだね、帰ろうか」
少しほっとした表情を見せるドリスに、無理はさせちゃいけないなと思った。
冒険者ギルドで、成果を換金すると、銅貨50枚。その少なさに愕然とする。
レッドキャップのドロップ率の悪さか。銅貨を落とす事もあるのだが、五匹に一回くらい。
クレイスライムよりも稼げないのだ。
攻略サイトでも二、三階はスルー推奨とあったのは、このためだった。
「明日は四階かな?」
「タモツ、無理しちゃ駄目だよ?」
「大丈夫だよ、今日も危ないことはなかっただろ?」
「それはそう、だったけど……」
ドリスを不安にさせるのは、俺が弱いからだ。もっと強くならないと。
今日は回復薬を買ったので収入とトントン。食費分のマイナスとなっていた。
翌日は宣言通り四階へ。ここはゴブリンというゲームのザコとして有名なモンスターの住処だ。
1mちょっとの身長は、ドリスより小さく、レッドキャップよりは大きい。単純な動きでは、レッドキャップよりも遅いらしい。
ただ粗悪だが武器を使い、二、三匹で徒党を組んで徘徊している。
囲まれれば厄介だが、囲まれなければ良いだけのこと。
ドリスには立ち位置を気を付けて、離れないようにだけしてもらう。
ゴブリンは、今までの敵と違って多少の知恵がある。背後を取ろうと動いてくるし、タイミングを合わせて攻撃しようとしてくる。
ただ逆に臆病さも持っていて、こちらが鋭く攻撃すれば、連携が保てなくなる。
一匹に確実なダメージを与え、怯んだところを殲滅する。思ったより、順調な戦果を上げていった。
ドロップ品は、銅貨、ボロ布、木の実といったあたりだが、それなりに数は出るので、レッドキャップよりは確実に稼げている。
「この分だと、おかず一品、増やせるかな?」
「ああ……そうだな」
彼女やアラクネ様に、そんなことを思わせる自分が不甲斐ない。
「おし、次がいたぞ。晩ご飯に彩りを」
「おー!」
目の前に現れたゴブリン三匹へと突っ込む。加速を付けた一撃が、防御しようとした武器ごとゴブリンを叩く。
左右から挟もうと動いたゴブリンに対して、一歩引くことで挟撃を阻止。大きく剣を横なぎにすると、ゴブリン達も慌てて身を引く。
そこをまず左から、三発ほど連続の斬撃。受けきれずに、ゴブリンが切り倒される。背後から近づこうとしていたゴブリンが、攻撃に入ろうとした時には、振り返ることができる。
こうした一連の流れが、イメージとして沸き上がってくる。これも守護騎士のスキルの恩恵なのだろうか。
戦場を把握できている。
最初の一匹は、まだダメージから立ち直れていない。二匹目はもう死んでて、目の前の奴は腰が引けてしまっている。軽いラッシュをかければ、この戦闘も終了だ。
「危ないっ!」
ドンと押しのけられ、尻餅をつく。入れ替わるように小柄な影が現れ、両手を広げて俺を庇う。
ドスドスッ!
鈍い連続音と、小さな振動。仰向けに倒れるドリスの胸には、二本の矢が突き立っていた。
「タモツ……大丈夫?」
「俺は何ともない、大丈夫だ」
「よかった……」
よかったじゃない。俺はまだ胸当てがあるけど、ドリスはそうじゃない。外套の内側は簡素なシャツのみ、防御力なんかないのだ。
「きゃしゃーっ」
周囲ではゴブリンが勢いを取り戻し、再び切りかかってくる。ドリスを庇うように武器を構えると、力が湧いてくる。大丈夫、ドリスは守る。
迫るゴブリンの喉元へ突きを入れて殺す。何とか立ち上がった一匹は、武器を構える余裕も与えず殺す。
背後から迫ってきた奴の武器を弾いて、無防備になった胴を横に切り裂き殺す。
遠くから弓を射ている二匹へと走る。途中で矢が飛んでくるが、切り落とし迫る。
弓で防御しようとするが、構わず斬り殺す。逃げようと背中を見せたゴブリンを殺す。
周囲にはもう殺せる奴はいない。
俺は慌ててドリスの元へ戻った。か細いが息をしているドリスを支える。刺さった矢は抜かない方がいいのか。
抱き上げるとかなり軽い。
このまま一階まで、ギルドまで戻るしかない。なんで回復薬を買っておかない、初歩的な事だろう。
「ふふっ、タモツ、強い、ね」
「どこがだよ、一人の女の子を守ることもできないなんてっ」
「ワタシは奴隷だよ。使い捨てて……ああ、まだ元をとってないか……」
「そうじゃない、そうじゃないだろっ」
「これでもワタシ、タモツのこと……」
俺の頬へと伸ばそうとした手が、力なく落ちた。
「もう二階まできた、あと少し……」
がくっと膝から力が抜ける。ドリスの体が重くなった。いや、俺の力が抜けている。でも運ばなきゃ。早く、医者に見せれば……。
淡い光の粒子が、ドリスの体から沸いてくる。
駄目だ、まだ、駄目だ……。
重くなった自分の体を前に進める。一階へと続く坂が見えてきた。あとワンフロア……。
ドサリ。
ドリスに持たせていたリュックが地面に落ちる。ドリスの体は薄くかすれ、粒子となって消え失せた。
落ちたリュックを抱え、抱きしめる。そこにドリスの温もりを求めて。
どこで間違った。
蘇生のないこの世界では、慎重に行動すべきだっただろう?
冒険者に絡まれて、自分の未熟さを知ってたはずだろう?
守るべきは彼女のはずだったろう?
自分が庇われて何が守護騎士だ。
ちょっとした力に自惚れて、周囲の確認を怠って、前しか見えなくなってて……。
ドリスは最後まで俺のことを気にしていた。俺はちゃんとドリスの事を考えていたのか。
彼女達の為に稼ごうと思った。
そのために力がいった。
守護騎士の力は、ワンランク、ツーランク上の実力を与えてくれた。
彼女はそのために必要で……。
彼女を便利アイテム扱いか。
結局自分の為にやってただけか。強くなって稼ぐのも、良い食事を求めるのも。
俺は……何をしたかったのかな……。