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やり残したこと

 翌日の朝食の席。アラクネ様はおっしゃられた。

「タモツは迷宮卒業!」

 鶴の一声に、拡張されて少し広くなった居間はシーンと静まる。その隙をついて、アラクネ様は続けた。

「キキ、マリオン、ソチらの活躍に期待しておるぞ!」

「「はい!」」

 広くなったおかげで、迷宮組の男の子二人も、こちらの朝食に参加していた。

 子供を味方に引き入れ、既成事実とする。さすがきたない、アラクネ様、きたない。

 まあ、俺としては元の世界に戻ったときのスコアとか関係なくなったし、俺がいなくなってから次を考えるよりも、あらかじめ準備しておくという考えには賛成だ。

「ず、ずるいよ!」

 反対したのはドリス様。

「昼間もタモツを独占するとか、横暴だ!」

「黙れ、奴隷!」

 アラクネ様はピシャリと返す。

「タモツが安心できるよう、皆で協力するのじゃ。迷宮探索がタモツなしでもやっていけると、タモツに示してやってくれ」

 言ってる事は殊勝なのだが、顔はにやけている。

「まあ、それはそうだな。ドリス様、いきますよ」

「やだーワタシも休むー」

 そんなドリスの首根っこを掴み、カサンドラは居間を出て行く。キキ、マリオンもあわてて続いた。

 フィオナも少し寂しそうな顔をしたが、一礼して後を追った。


「ではわらわもさぼっておらぬと、見せてやらねばならんな」

 工房へと場所を移した。

 ターニャと孤児の女子四人が待っていた。孤児たちは、四人グループで、薬草組と入れ替わりながら、自分に合う方を探っている段階だ。

 アラクネ様は、その力で糸を作り出す。それをターニャが糸車に巻き取っていく。その流れはスムーズだ。

「アラクネ様、ペースがあがってますね」

「当然じゃ、精がついておるからな」

 ちらりとこちらを確認する。え、精ってそっちなの?

「じゃあ、昨日来た三人への加護もよろしくお願いしますね」

 一応、釘を刺しておく。連日あの調子では、身が保たない。

「む、むむむ……」


 昨日、奴隷商から雇い入れたのは、十二歳前後の少女で、口減らし的に質に入れられた子達だった。エレナに世話をしてもらうことになる。

 ターニャが裁縫師として、認められた為に、個人の仕事も入るようになってきた。そのため家事の人手が足りなくなってくるところなので、他の孤児と共に頑張ってもらう予定だ。

 もちろん、銭湯での仕事も覚えてもらうが、まずはクランに慣れる方が先だろう。


 その銭湯は、大工クランに頼んで、大浴場の追加を依頼した。今と同じくらいのサイズになる。こちらの体制も整ってないので、実際に客を増やすのはまだ先の話。

 まずは清潔で使いやすい環境を整えて、ユーザーの評価を上げる時期である。

 五つあった魔法の水差しのうち、四つを銭湯に割く形になるので、家事は大変になるかもしれないが……また、頃合いを見て十五階を探す方がいいか。


 アラクネ様の糸作りノルマが達成された。ふうと一汗拭う仕草をするが、実際にどれだけ大変なのかは分からない。でもまあ、何だかんだで自分のクランを大事に思っているアラクネ様。手を抜くような事はないだろう。

 こちらをちらちら伺ってきたので、頭を撫で撫でしてあげた。神様にこの扱いは失礼なのだろうが、本人は喜んでいるのでよしとする。


 中庭の薬草畑も、徐々に成長を見せて、葉っぱが大きくなっている。アラクネ様と散歩がてら歩いてみると、薬草以外にも野菜類も育ててるみたいだ。

「愛情込めて、美味しくしますね」

 今日の当番の子が、甲斐甲斐しく世話を焼いている。ノートリアスからとれたウツボの滴で、野菜の成長も良いらしい。

 買い取り値は安かったが、農家には欲しい一品なのだろう。その辺、下手に値を吊り上げず、食料に響かないよう、誰かがコントロールしているのかもしれない。



 あらゆる下地はできたと思う。あとは一つ一つを改善して、少しでも成果を上げれるように育めば、このクランがすぐに潰される事はないだろう。

 ネプチューンクランとブリギッドクラン、中規模の二つのクランとも関係が深くなった。

 みんな気のいい奴らだし、うちから銭湯や裁縫を取り上げて一儲けとかは考えないだろう。

 アラクネ様も最初見たときの儚さよりも、意欲旺盛な態度が普通になっている。

 心配することはない……。


「などと甘いことは考えておらぬよな?」

「滅相もない」

「それでこそ、タモツじゃ。逃げようとしても、絶対に捕まえるから、覚悟するがよい」


 まだまだやり残したことはいくらでもある。二週間やそこらでおわるはずもない。

 アラクネ様を傍らに、最後の日までやれる事を見つけ、その先の展望を考えた。失うのではなく、これから作り上げる為に。



 そして最後の夜が明けた。

 いつものようにアラクネ様が、隣で微笑んでいる。

「わらわはしつこいからな。安心して待つが良いぞ」

「では、ちょっと行ってきます」

 目の前が白くなっていき、力がどんどんと抜けていく。最後まで笑顔のアラクネ様は、少し凄惨な引きつった表情だったが、崩れることはない。ただ、一筋の涙が頬を伝っていた。

クランの引継の話を書いてると、同じ様な事の繰り返しになりそうだったので、一気に端折りました。


あと一回か二回か……

最後までお付き合いいただければと思います

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