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アラクネ様に仕えるということ

 夜のうちに気絶したミアロを、アテネクランへと運んでいった。アラクネ様もついては来たが、何もやりあわずに帰ってくれた。アテナクランの最大のウリでもあるはずの、武力行使で失敗したのだ。早々仕掛けてくることは無いだろう。

 あの場にはブリギッドクランの有力者でもあり、かつてクロノスクランという大きなクランにも所属していたギブソンがいた。

 クロノスを殺したという神切カマキリが、うちを襲った理由。それを追求されるのは、アテナクランとしても嬉しくないだろう。

 こちらとしても、下手につついて逆ギレされても困るので、ここらで手打ちとしておきたい。クラン同士で決戦となれば、どうやったって負けるのだ。


「戦える人って、いいわよね」

 ギブソンはそう言い残し、壊れた防具を持って帰って行った。

 彼もまた目の前で神を殺された時に、何もできなかった自分を責めているのだろう。

 仇討ちというのとは違うかもしれないが、少しは溜飲を下げる結果になったならいいのだが。


 ミアロにやられたカサンドラとキサラも、怪我自体は大したことはなく、フィオナの治療ですぐに動けるようになっている。


「で、アラクネ様? いつまで服の裾を握ってるんです?」

 アテネクランに行き、ギブソンを送り出す間も、何を言うでもなく、ずっと傍らで服の一部を握って静かにしている。

「き、気が済むまでじゃ」

「そうですか」

 さすがに疲れたので、早めに自室へと戻るが、当然のようについてくる。

 それでも自分から何かをするわけでも、求める訳でもない。

 相手をしてあげたいけど、思った以上の疲労感。やはり、あの武装は今の実力にはオーバースペックだったみたいだ。横になった途端に睡魔が襲ってきて、あらがうことはできなかった。



 翌朝、目が覚めると傍らで眠る温もりがある。俺が護ることのできた存在。それが愛おしい。

 艶やかな黒髪に手を伸ばそうとして、激痛が走る。

「い゛っ」

 指先一本というと大げさだが、動こうとするだけで全身が軋み、拒絶を示す。

「おはようございます」

 タイミングを計ったかのように、フィオナが現れた。まさか毎朝、俺の目覚めを見極めてるとかないよな……?

「おは、よう」

 声を出すのも恐る恐るといった感じで、挨拶を返す。起きあがる素振りを見せない俺を心配して、フィオナが近づいてきた。

「どうかなされたんですか?」

「全身が痛くて……多分、筋肉痛だとは思うんだけど」

「そうですか」

 フィオナはくすっと微笑みを浮かべつつ、ヒールを行ってくれた。だいぶ痛みは緩和されたが、それでも全身が重たかった。

「翌日にくるのは、まだ若い証拠か……」

 そう呟きながら、先ほどはできなかったアラクネ様をなでなでしておく。

「無理はしないでくださいね」


 朝食で、全身筋肉痛を打ち明け、今日の迷宮探索の中止を通達。するとカサンドラが反対した。

「アタイ、昨日何もできなくて悔しかったんだ。一人でもいくよ!」

 隣でキサラも頷いている。キサラさんは、神切カマキリにトドメを刺してたと思うんだが、納得してない何かがあるのだろう。

 そこへ子供がやってきた。孤児院の男の子二人だ。

 キキとマリオンだったか、昨日の俺の戦いに興奮したのか、迷宮へと帯同を申し出ている。アシスタントでいいから働きたいと。

「よし、いい機会だ。おチビちゃん達も鍛えてやるよ!」

 すっかりやる気のカサンドラは、二人を連れて迷宮へ潜るつもりのようだ。それなら、フィオナ達もついて行った方が安全だ。

 俺抜き、子供二人追加で迷宮へと旅立っていった。



「となると、俺は……」

 銭湯の整備かな。昨日の戦闘で思わぬ被害がないかは確認したいし、今後の運営も考えておこう。

「あの、アラクネ様。お仕事は?」

「ない」

 相変わらず側を離れず、かといって何かをして欲しい感じでもないアラクネ様。

 工房の方は大丈夫なのか。一応、ターニャに確認したら、大丈夫だと言うことなので、側にいてもらうことにした。


 銭湯には朝から人影があった。ブリギッドクランの職人らしい。朝方の空いた時間を狙って来ているようだ。昨日の襲撃についても聞いているだろうに、気にした様子はない。

「こんなの一度始めたら、やめられませんよ」

 職人見習いという少女は、ゆったりと入浴を楽しんでいた。

「あらメアリー、大層なご身分ねぇ」

 同じく入浴にやってきたギブソンが、姿を現した。

「は、いえ、もう上がります。すぐに準備を始めますからっ」

 やはり見習いとしてはくつろぎ過ぎだったようだ。湯冷めには注意して欲しいところだな。

「そういうギブソンも朝からかよ」

「もたろんだわ、一日の身だしなみを整えるのに、必要だもの」

 さも当然といった感じで、入浴を開始する。そんなギブソンに、今後の事で質問してみる。

「蛇口とかって作れるか?」

「蛇口?」

「こう流れてくる水をせき止めといて、必要に応じて口をひ開くというか……」

 俺自身、蛇口の仕組みを理解している訳じゃないので、説明は曖昧だ。

「ふうん、そういうシステムね。確かに、好きな時、好きな量を出せるのは便利そうね。考えてみるわ」

「あとは、シャワーか」

「シャワー?」

 こちらは細かい穴の空いた先端さえ付ければソレっぽくなるだろう。高い位置から水を落とせば、水圧も維持できてそれなりに使えるはずだ。

「ふふっ、まだまだこの銭湯は進化するのね、楽しみだわ」


 次は棚上げにしてきた番台か。入浴料の徴収というよりは、何かあった時のトラブル要員は必要だ。慣れぬ入浴で、湯あたりを起こす可能性もある。客同士でもめる事も出てくるだろう。

 その他にも、清掃なども必要だろうし、銭湯用の人員の確保は必要だった。

「それはそうと、アラクネ様?」

「なんじゃ?」

「いや、大丈夫ですか? 静かだし」

「う、うむ。気にするでないぞ、ソナタの働きぶりを見ておるだけじゃ」

 何かありそうだが、話す気がないなら無理に聞くこともないか。



 俺は久しぶりに奴隷商を訪れた。銭湯の清掃要員を雇うなら、ここらで求人しても大丈夫だろう。犯罪歴のさほど重くない、例えは税の未納などで売られた子供なんかを集める。

「アラクネ様、裁縫の方はどうです?」

「ターニャはよくやってくれておるし、孤児達もおるゆえ、人手に困ってはおらぬかな」

 とのことだったので、銭湯要員に三名を雇用した。


 クランハウスに戻って、銭湯の仕組みと仕事を教えていく。オープンして数日だが、既に汚れは見え始めているので、それらの掃除を行い、風呂桶などを整理する。

 番台での料金の徴収と、客トラブルへと対処。入浴に必要な物の販売や、出てきたときに飲料の販売なども今後は見込めるだろう。

 フィオナに頼んで、石鹸などが作れないかも試してもらうか。

 やり始めるときりがない。



 そうこうするうちに、迷宮組が帰還。初めての迷宮探索に興奮する二人、タンクを目指すと言ってるがどうなるか。

 カサンドラは両手持ちの斧を試そうとしているようだ。神切にダメージを与えられなかったのが、悔しかったらしい。キサラも弓から短刀での戦いを試していたようだ。魔弾の七発目のこともあるし、色々と検討を重ねているらしい。

 こういったら何だが、一日で変わるものである。外からパーティーを見るという事がなかっただけに、不思議な感覚に陥る。

 フィオナには、石鹸について聞いてみて、心当たりがあるとのことなので任せておく。色々と負担をかけている気もするが。

「大丈夫です、薬草組の子達もヒーラーに興味が出てきたみたいなので」

 どうやら後輩の育成にまで余念がないらしい。それでフィオナが楽になればいいのだが。


 今日一日まわっただけで、クランの中が発展途上であるのは分かる。ただその中で、新たな芽吹きがあるのも感じられた。次世代の育成に目を向けたくなるのは、おっさんだからだろうか。

 キキとマリオン、その他の孤児達。彼らが安心して暮らせる環境を、あと一ヶ月もない期間では無理だろう。だからといって、何もしないのは違うし、やれるだけを尽くすのみだ。



「のう、タモツよ」

 寝室にも当然のようについてきたアラクネ様が、ようやく話しかけてきた。

「わらわはソナタに甘えておる。どうすれば、それに答えられるかと、ずっと考えておった」

 今日一日ついて回りながら、そんな事に悩んでいたのか。

「じゃが違うな。ソナタはわらわが与えずとも、自分でそれを掴み取る力がある。ソナタのやりたいことをするオマケに、わらわが付いてきてるだけじゃな」

「そ、そんな事は……」

 反論しようとした俺の口に、人差し指が当てられ黙る。

「解っておるよ、ソナタがわらわの事を考えてくれておることは。それが自己満足の為か、わらわの為かは、明確に区別することでもない。わらわが喜ぶ事が、ソナタも嬉しいのであろう?」

 まだ口は封じられたままなので、一つ頷いて返した。

「だからの、わらわはソナタに甘えて、満足することが、ソナタの為だと結論した!」

 一瞬、何を言われたのか解らない。ただ乱暴に抱きつかれ、ベッドに押し倒されると、まあいいかと思う。

「わらわの満足にはまだまだ足りぬゆえ、覚悟するのじゃぞ、タモツ」

たまに自分の行いが偽善じゃないかと悩む主人公がいますが、だから何?

と思う自分がいるのですよ。自分の為に行動して、それが他の人の幸せに繋がるなら、悩む必要もないだろうにと。

偽善に悩むということが、自己陶酔してるだけだと。


そんなこんなで、職安~の主人公は、あくまで己のために、行動しているつもりです。

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