クランハウスの充実と妨害
俺の告白から一夜が明けた。
朝食の席は、どこかぎこちなさはあるものの、普段通り過ごすようにしたようである。俺も変に意識せず、今を楽しむように努めたい。
ターニャがお茶を煎れようとしているのに気づいた。
「ターニャ、その水差しって」
「はい、皆さんが持ち帰ったものです。面白いんですよ、これ。器を温めたら、お湯がでるんです」
「へぇ……ちゃんと飲める……よね?」
「はい、中は普通の水ですから」
なるほど、さすがは魔法の水差し。面白い作りのようだ。そこで俺は思いついた事がある。
「うちで一番大きなタライってどこかな?」
「タライ……ですか? 一応、こちらにありますが」
直径1m、深さ50cmというところか。ちょっと小さいな。
「これにお湯をためれる?」
「どうでしょう。やってみます」
お茶の準備を終えた水差しを、タライにお湯を張るために使ってみる。時間は少しかかりそうだ。溢れても大丈夫なように、中庭へとタライを持ち出して水差しを傾けて置いておく。
「先にご飯を食べてしまおう」
朝食が終わって中庭に出てみると、思った以上にお湯が溜まっていた。ただちょっと熱い。
水差しを冷まして、水にしつつお湯の温度を調整する。
ついてきた皆も、俺が何をしようとしてるか分かったようだ。
俺は下着姿になると、タライへと足を浸ける。まだ多少熱いが大丈夫か。ざぶんと入ると、かなりのお湯が溢れた。狭くて浅いがちゃんとお風呂感はある。
「あぁー、忘れてたよ、この感じ」
「ず、ずるいよ、タモツ!」
さすがに、この大きさだと一緒に入るというわけにもいかない。一人でも狭いのだ。
俺はタライを出て、皆に譲る。この世界には、お風呂も高級品で一部の有力クランしか持っていないようだった。普段は体を拭くくらいで済ましている。
これが入浴施設ができるとなれば、アラクネクランとしても大きな進歩となりそうだ。
俺は近くの廃屋の床板をはがして、地面をむき出しにすると、そこを掘ることにする。
薬草畑を作るときに用意していた鍬やシャベルで穴を広げていく。それなりに重労働のはずだが、思っていたよりも楽にできた。この辺も、加護の恩恵で力や体力がついているおかげなのだろう。直径3m、深さ1mほどの穴を開け、内側をはがした床板で補強。防水や排水は追々考えるとして、ひとまず簡易の風呂ができた。あとは水差しでお湯を溜めるだけだ。
中庭はすごい有様で、目のやり場に困る感じだったので、水差しだけもらって廃屋に据える。
今日は迷宮も休みだな。
これを機に、工房の方も手を入れる事にする。ターニャの頑張りのおかげで、アラクネクランの裁縫クランとしての知名度もあがった。
ただ注文を受けれる環境にはなっていない。
まずは来客に対応するための受付カウンターを設置する。表通りから出入りできる入り口に、テーブルと椅子を準備。応対ができるようにした。
子供たちも作業するようになって、手狭になっていた工房自体も広げる事にする。
この辺は廃材を利用して、アラクネ様の糸で結んで止めてたりするだけなので、拡張性は高い。
アラクネクランの全体的な模様替えというか配置換えも行っていかないといけないな。
「そういえば、この辺の土地の管理ってどうなってるんだっけ?」
拡張の際はアラクネ様に一任していたので、詳しくは聞いてなかった。この一角がゴーストタウンとなっているにも理由があるはずだ。
「その辺もちゃんと整えないといけないな」
残りの時間で、いかにアラクネクランを安定させれるか。それが俺の一番の目標になっている。
「この辺りの土地に関して……かや」
早速アラクネ様に聞いてみる。
「ここらは元々ウラノスやガイア、クロノスといった有力クランが建ち並ぶ、街の中心ではあったのじゃ」
しかし、突然それらの神々が天界に戻ってしまった。加護を失った冒険者達は途方に暮れる事となってしまった。
「そこで一気に台頭してきた、ゼウス、アテナ、マルスといったクランのある辺りが街の中心となり、ここら一帯は忌み地として、人が寄りつかなくなっておったのじゃ」
「どうして有力クランの神様が天界に戻ったかは……」
「わからぬな。当時は憶測も飛び交ったが今となっては、その話題自体がタブーとなって、忘れられようとしておる」
土地自体は冒険者ギルドが引き取り、管理も行っているとのこと。
「なぜ神様が天界に帰らなきゃいけなかったのか、この土地に起因するのか。その辺は確認しておきたいですね」
「まあ、難しいじゃろうがな」
タブーとされているところに手を出して、藪蛇になるのは本意ではない。
「それは置いといて、クランハウスの拡張プランですね」
風呂に工房の拡張、ちゃんとした居間も整えたい。安心して暮らせる環境を整えるのだ。
「タモツ、焦るではないぞ?」
「ええ、わかってます。楽しいのが一番ですからね」
中庭タライで起こってた狂乱は、廃屋に作った風呂場へと移行していた。一応、下着を着けたままの入浴なのだが、肌に張り付きボディラインが露わになってしまっている。フィオナが恥ずかしそうに胸元を隠しているが、全然隠せてないな、うん。
「タモツー、一緒に入ろうよ」
ドリスが誘ってくるが、既にお湯はドロドロになっている。やはり排水システムは必須だな。浴槽の底に排水口を作って、栓をするスタイルかな。あとは下水に流れるようにすればいいだろう。
かつては街の中心だったという事で、下水もある程度整備されているのは大きい。
今までは井戸や川からの水を汲んできて使っていたのが、魔法の水差しのおかげで上水道も整った形だ。生活は更に変わっていくだろう。水量を考えたらもう少し欲しいところだが……明日からしばらく十五階を探してみるか。
その日のうちに、浴槽の底から排水できる仕組みと、浴槽自体の拡張を行いアラクネクランの入浴場として、重宝される空間はできていった。
これはもしかすると、銭湯として整備することで、アラクネクランの外貨獲得手段にできるかもしれない。
そこでシャツなどの下着も販売出来る。
一気に収入の安定に繋がりそうだ。そうなるとやはり、水差しの確保が必須か。
それから一週間かけて十五階を探索、あと四つの水差しを発見してクランの入浴場とは別に、銭湯設備を作っていく事となった。
その頃にはネプチューンクランから、シャツの追加購入も決定。冒険者ギルドでターニャ作品の展示と広告を置かせてもらい、そちらの受注もはじまりだした。
アラクネクランの裁縫部門も軌道に乗ってきたようだ。
稼ぎとしてはまだまだ少なく、シェアと呼べる顧客も得れてないのだが、裁縫大手であり対立クランでもあるアテナクランが動き出していた。
今までは販売ルートを絞る事で、アラクネ様に嫌がらせをしてきたが、今は独自販売を行うことでそれを回避できていた。
そこで今度は、素材の流通へと介入してきたのだ。
メイン商品であるシャツなどは、アラクネ様の糸で作れるが、その他の物には麻や綿といった素材も使用する。ボタンなどの部品や、針といった道具類に至るまで、入手が困難になっていた。
更に深刻なのは機織り機である。機械であるだけに、メンテナンスは必須なのだが、それも滞るようになった。
「大人げないのぅ」
武闘大会で、俺を打ちのめして満足してくれたら良かったのだが、元々の因縁から裁縫の方が大事だったようだ。
「とりあえず、知り合いに聞いてみます」
「あら、タモツちゃん、いらっしゃい」
ブリギッドクランのギブソンは、先の品評会で優秀賞を取ったことで人気に拍車がかかっている。会うのは難しいかと思ったのだが、思いの外すんなりと会うことができた。
「あら、アタシは顧客を大事にするわよ。今度は何をお求めかしら?」
「実は裁縫道具を探してるんだが……」
ブリギッドは元々鍛冶というより細工師という面があるらしい。かんざしや櫛などを手がけるなら、針の類は扱っているんじゃないかと思ったのだ。
「詳しく話を聞きましょ」
ギブソンは、少し真面目に座り直し、俺の話を聞いてくれた。
「許せないわ! 職人を何だと思ってるのかしら!?」
アラクネクランがアテナクランに妨害されている話をすると、ギブソンは、大いに憤りを露わにした。
「職人はねぇ、腕で勝負するものよ。それをちまちまと妨害とか、許せないわ。よござんす、アタシの方で何とかしましょ。ただタモツちゃんの事は信じてるけど、事実の確認は必要だから少し時間はかかるわよ?」
「いや助かります。俺には他に手が無かったんで」
「アラクネクランってあれでしょ、ターニャちゃんのとこ。あの出来で入選なんて、おかしいとおもってたのよ。そんな裏があったのね」
ターニャの頑張りはここでも認められていた。それは嬉しい限りだ。
ブリギッドは、豊穣の神として農家との繋がりも深いらしい。そのため、麻や綿といった植物繊維に関しても何とかなるそうだ。
アテナクランの包囲網は、これでかなり崩せるはずだ。
「ただね、タモツちゃん。取れる手段がなくなれば、もっとシンプルな方法に出る可能性もあるわ。十分注意してね?」




