異世界でも就職難かよ……
やると決めたら全力で。
情報端末で攻略情報を読みあさる。先行するテスターに追いつくためには、その情報を活用しないと。
この世界の仕組みは、街の中央にある迷宮に潜り、魔物を倒してドロップ品を集めて売るのが基本。その他、特定のモンスター退治や護衛任務もあるようだ。
迷宮以外だとアイテムの作成なんかがあるそうだ。鍛冶や薬品など、迷宮探索に必要な物を作れば、それなりに稼げる。
どちらにせよ、クランに入るのが必須のようだ。クランというのは、神様が率いる冒険者の集団で、互いに助け合いながら迷宮探索などを行っているらしい。
有名なところだと、マルスやアテネ、フレイアといった戦神のいるクランは、戦闘重視で迷宮を攻略している。
ブリギットやヘパイトスといった鍛冶クランや、アスクレーピオスや神農といった薬品クランなど、職業特化のクランもある。
一番多いのはゼウス、オーディンといった万能神とかで、色々な人を集めてクランの中である程度自給自足させてるクランみたいだ。
それぞれに競争関係もあって、一概にどこがいいというのもないらしいが、クランに所属する事で『加護』を受けることになり、一般人よりも身体能力が向上するようだ。
「とりあえずクランに入ってからスタートということか」
クランの説明の項目に、合同入団会の開催というのが載っていた。日付をみると……今日?
情報端末に記された日付と、そこに掲載されている日付が同じだ。
今の時間は正午過ぎで、既に始まっている。閉会は夕方五時とあるが、急いだ方が良さそうだ。
会議室のような部屋から、唯一のドアを開いて外へ出た。
そこは中世の町並みというのか、背の低い土や煉瓦で作られた建物が建ち並んでいた。
地面は中央が石で舗装された道。右手の方で大勢の人が集まっているのが見えた。
背後で扉が閉まる音に振り返る。ノブを回してみるが、開く気配はない。一方通行ということだろう。確かにあの空間は、ここの町並みにあわない現代感があった。
「前に進むしかないよな」
クランへの加入、それが第一目標だ。
人が大勢いる辺りに出ると、そこは広場になっていて、幾つもの行列ができていた。
それぞれに受付らしいテーブルに向かって続いている。人々の姿は自分と変わらぬ普通の服だったり、既に鎧を着ている猛者っぽい人まで色々いるようだ。
現地の言葉は読めないが、情報端末には日本語と神の名が併記してあり、どこが何かは分かった。
一番長いのはマルスクランか。戦闘系で目的もはっきりしてるし、攻略階層も深いらしい。
トップランカーを目指すなら、マルスクランが近道だろう。
俺は行列に並びながら、他の情報を読んでいった。
行列が進みようやく自分の番がくる頃には、一時間ほど経っていた。
受付に座るのはいかにも武闘派といった感じの男たち。厳つい顔つきに、刀傷が残る身体。筋骨隆々で頼もしい。
「何だおっさん」
「え、クランの入団手続きに……」
「はあ? その歳で? どっかの騎士団の紹介状でもあんのか?」
「いや、そんなものはないけど」
「じゃあ、何か魔物を倒した証とか?」
「いや、戦闘なんてしたことないし……」
「冷やかしなら帰れ、ソレでなくても帰れ、俺達は忙しいんだ」
「えっ、ちょっ……」
隣に立つ若い戦士に列から追い出された。
その後、他の戦闘系クランに行ってみても、戦闘未経験でおっさんに用はないと言われた。
鍛冶クラン、薬品クラン、万能クランでも扱いは変わらず。若くないのに技術が無い者を入団させないと断られる。
「この世界でも年齢で弾かれるのかよ……」
それならアトラクション始める前に断ってくれと思う。
そんな中、料理クランというのを見つけた。長い一人暮らしで、それなりに料理もしてきた。これなら何とかなるか?
「じゃあ、ウサギ捌いてみて」
「は?」
「ウサギも捌けないのかい、ちゃんと酒場で下積みしてきなっ。まあ、そのころには爺さんだろうけどねっ」
同い年位のおばさんに、けんもほろろに追い出された。
ウサギってなんだよ。いや、ニワトリも無理だけど。魚なら何とかなりそう……受付の側にはマグロのような大きな魚が用意されていた。無理だな。
とっくに日は傾き、閉会時間が迫っていた。多くの行列はなくなり、受付でも撤収作業に入っているところもある。
自力で経験を稼いで、クランに入れるようになるしかないのか?
しかし、クランに入らないと加護が受けられない。加護の影響がどれくらいかはわからないが、素人が迷宮に入るのは命取りだろう。
攻略サイトには、赤字の注意書きで『この世界には蘇生魔法はない』と書かれていた。
死んだらテスターとして脱落するのか、再スタートなのかは分からないが、かなりのペナルティーを受けるのだろう。
クランに入るのは必須か。
入れそうなクランを探すうちに、広場の隅まで移動していた。そんな端の方にぽつんとある、受付を見つけた。
受付には一人が座っているだけだ。しかも、頭がふらふらと動き、船をこいでいる。
ただその服装は目を引いた。
他の受付は鎧やローブ、街人の着る簡素な衣服だったのに対し、その受付は黒のレースやフリルで飾られたドレスを纏っていた。長い黒髪の頭頂部には、黒いレースで飾られたヘッドドレスを乗せている。アンティークドールというかゴスロリといった装いだ。
情報端末で調べてみても、その受付に書かれた文字は見つからない。カメラで撮って画像翻訳を試してみると、『アラクネ』とあった。
どこかで聞いた響きだが、思い出せない。どこかのマイナーな神様なのだろう。
駄目もとで聞いてみるか。
「あのー」
「ふぁっ、寝ておらんぞ。最後まで粘るからなっ、閉会まで!」
寝ぼけた感じでまくし立てながら、その受付は顔を上げた。
「……」
思わず見惚れるほどの美貌。
青みがかった黒髪は長く、前髪は眉の長さで切りそろえられている。白い面に、切れ長の瞳、長い睫毛。すっと通った鼻筋に、赤く紅を引いた唇。やや上気した頬が、愛らしさを醸し出している。
歳は二十歳ほどか、しかし大人びた雰囲気もあり、逆に幼さも感じる。不思議な感覚だった。
「おヌシ、運営の者ではないのか?」
「ええ、クランを探しているのですが……」
「ここはアラクネのクランじゃぞ?」
「はい、詳しくは分かってないので、話を聞かせてもらおうかと……」
その言葉に顔を輝かせる。笑みを浮かべるとミドルティーンにも見える。
「見ての通り、基本は裁縫クランじゃが、一通りの事もやれる万能型クランじゃ」
そういって両手を広げる。なるほど、このドレスがクランの作成物ということか。
彼女のミステリアスな美貌に良く似合っている。
「迷宮などもありですか?」
「うむ、特に止める事は無いぞ」
「あと、その、経験とかも、ないんですが……」
「そんな事は気にせぬ、自由なクランじゃからな!」
あまりにオープンな雰囲気に一抹の不安は過ぎる。ここでいいのか、他に選択肢は無いのだが……。
「加護はあるんですよね?」
「もちろんじゃ、迷宮用の魔法もつくぞ」
魔法付き!?
確か魔法はそれなりにレアなスキルのはずで、初級から使えるのは少ないはずだ。
「では、是非とも参加させて下さい」
「おおおおぉぉぉ」
彼女は突然、奇声をあげながらうずくまった。
「だ、大丈夫ですか?」
がばっと起き上がり、俺の手を握ってきた。その瞳は潤んでいて、綺麗な顔と相まって凄まじい破壊力だ。
「もちろん、歓迎するぞ!」
こうして俺の所属するクランはアラクネクランに決まった。
閉会まで彼女と一緒に座って過ごした。鼻歌を口ずさみながらご機嫌な様子の彼女、その横顔を見るだけでお得感はある。
クランは基本的に一緒に生活する。この子と一緒に生活……寝起きや風呂でのハプニング、そんなお約束はないと分かってても期待してしまう。
いや、そんな事はなくても毎朝顔を会わせて挨拶できれば、一日の活力が湧くというものだ。
結局、閉会の合図があるまで新たな訪問者はいなかった。受付のテーブルを片づけ、運営に終了の挨拶。定期的に開かれるのであろう、かなりシステマチックに進められた。
辺りはすっかり日が落ちて、暗くなってきている。
「まずはクランハウスを案内しよう」
「はい、お願いします」
ゴスロリのような衣装のまま、彼女は歩き始めた。汚れたりしないのだろうか。
よく見ると、その生地からして上質な気がする。麻でも綿でもない艶のある光沢、シルクなのだろうか?
中世ではもちろん、現代でも高級素材とされる絹。それを服に仕立てられるというのは、意外と裕福なクランだろうか。
あまり話さない彼女の側でつらつらと考えるうちに、どんどんと人通りの少ない寂しげな街へと変わっていく。
住宅街というのも難しい、板を立てただけのような家が建ち並ぶ。
日が落ちきると、辺りは真っ暗で何も見えない。街灯の類もなく、足下すら見えない。
「あてっ」
「ん、大丈夫か?」
何かに躓いて声が出てしまった。
「夜目は利かぬか? ランタンもないのか……仕方ないのぉ」
そういって彼女は俺の手を握った。柔らかく温かな感触。ランタンを持ってなくて良かったと思った。
彼女に手を引かれることしばし、短い幸せは終わりを告げた。
「ここがわらわ達の家じゃ」
そう言われても暗がりでシルエットくらいしか分からない。特に感想も出ない俺の様子に、やや肩を落としながら扉を開けて中に入る。
さすがに中には灯りがあったのか、彼女かごそごそと動いた後、あたりが明るくなった。
とはいえ蝋燭の灯りなので、そんなに明るい訳でもないが、彼女の神秘的な美しさは引き立った。
「それじゃあ早速、加護を与える儀式をするかの」
「儀式って……」
「上着を脱いで、そこに横になるがよい」
床に敷布が置いてある。ここは儀式を行う為のスペースなのか。三畳ほどの広さしかなく、敷布ひとつで一杯になっている。
「儀式って団員の人でもできるんですか?」
「もちろん、できるわけなかろう。わらわしかできぬわ」
……ちょっと待て。儀式は団員ではできず、目の前の女の子にしかできないという。
「貴女がアラクネ様!?」
「当然であろ、今更何をいっておるのじゃ」
呆れた顔でこちらを見返してくる。
いや、神様ってもっとこう何か、不可侵というか、恐れ多いものというか……受付で居眠りしてたり、手を握ってくれたりとか、そういうのは違うんじゃないかと思うんだが。
「何か失礼な事を考えておるようじゃな……加護はいらんというのか?」
その声に含まれるのは脅しではなく不安。この神様は加護を与えるのが不安?
いや、与えられるかが不安なのか。
そもそもクランの団員は何人なのか。綺麗な女の子と一緒で浮かれて、肝心な事を何も聞いてないことに気づいた。
「やっぱり、嫌……なのか……」
俺が考え込んでいるのを拒絶と受け取ったのか、今にも泣きそうな声で聞いてくる。
「いえ、是非とも加護を与えて下さい!」
深く考えることはない。加護がなければ迷宮には入れない。目の前に泣きそうな女の子がいる。
それだけで十分だ。
俺は上着を脱いで、うつ伏せになった。
「…………」
小声で聞き慣れない言葉が紡がれている。それが儀式の為の祝詞のようなものなのだろう。
彼女の指先が背中をたどり、文字を書くように動いている。
その軌跡が熱を持つように、ヒリヒリと痛む。かといって飛び上がるほどでもない。何か熱と共に身体に染み入ってくる感覚。不思議な体験ではあった。
彼女の声が止まり、背中に上着が掛けられる。
「うむ、問題ないはずじゃ」
ちょっと不安になる言い方だが、信じるとしよう。
「明日になれば安定して、スキルなどが読めるようになると聞いておる。安心して眠るが良い」
なぜ伝聞……深く考えたら負けか……頭が重くなってきた。
「わらわも寝るとするかの……ほれ、もう少しずれるのじゃ」
「あ、はい」
言われるままに横にずれると、ふっと蝋燭が消えて横に人の気配が。
待て待て待て待て。
アラクネ様と一緒に寝ている……だと。平静を保っていられるか、これは誘われている?
据え膳って奴か……。
でも、あれ、頭が……重い。
考えることができなくなって、俺の意識は闇に飲まれていた。