赤毛のカサンドラ襲来
朝食は居間で行うままだ。敷布などは取り去られ、片づいてもいるが、やっぱり狭い。エレナとキサラは孤児院の方で食べているようだ。あちらには食堂が用意されている。
建て増し工法だと、色々歪みがでるなぁ。かといって、今更場所を変えるわけにもいかない。
何より、先立つモノがないのである。まずは稼げ、そこからだな。
キサラを連れて十階へ。
キサラはハーフエルフなので、やや耳の尖った北欧系の顔立ち。年は十四とエレナの一つ上。
艶のある黒髪をショートボブにした髪型で、凛々しさが引き立っている。
深緑のチュニックと、キュロッを纏い、肩には弓、腰には短刀を差している。
十階では前方へと射撃を行い、後方に敵が現れたら短刀で接近戦もこなす。いくら奴隷商で戦闘技術を磨いたからといって、ここまでなるものか?
多分、神父をヤる為に、遙か昔から、その暗い情念を抱いていたのだろう。
ちなみに、『魔弾の射手』への対応は、ドリスの閃きで片づいた。
「七発目は鏃のない矢を撃てばいいんじゃん!」
ということで、今は先に布を巻いた矢を七の倍数時に使用することになった。数え間違いは怖いが……今のところ、俺にしか飛んでこないので、大事には至らない……かな?
やはりコボルトはドロップがまずいので、ある程度慣れたら十一階。ハイコボルトにノーグの相手。
「きゅぴん、そこだ!」
ノーグレーダーと化したドリスと、キサラの射撃で対ノーグはほとんど仕留める事ができた。
ハイコボルトは、以前にタダシとやった方法と同じだ。俺がターゲットを取って、キサラが仕留める。
初日にノートリアスをほぼ単独撃破した事で、キサラのステータスは爆上がり。50台の能力値になっていた。
「俺が寝首を掻かれる日も遠くない」
「タモツのテクでメロメロにすればいいよ!」
その手の冗談は、キサラには禁句だ。一瞬で弓を構えていて、近づいたら殺すオーラが凄い。
「ご、ごめん、キサラちゃん。タモツにそんなテクないよね。30点だよ!」
そんな言葉に脱力したキサラは、弓を下ろす。なんだかんだで、ドリスはパーティーの緩衝材として働いているのだった。
「キサラちゃんにも、タモツさんの良さはすぐに伝わりますよ」
フィオナもフォローしてくれる。
そんなこんなで、キサラ入りパーティーは僅か二日で、十一階の戦闘をこなしてしまった。俺の1ヶ月は何だったのか。
アラクネクランに帰ると、ハウスの前でターニャと誰かが話していた。
短い赤毛に、ターニャと比べるとかなりの長身。体にぴったりとした革鎧で、女性だと思うが170cmはありそうだ。むき出しの肩についた筋肉は、戦闘をこなしてきた雰囲気。腰に二本の斧を下げていた。
「フィオナ!」
その女性は、振り向き声を上げた。ややハスキーな大人びた声。
「え、カサンドラ!」
フィオナも叫び返しつつ、走り出した。ドリスはすすっと、俺の後ろに隠れた。まあ、ドリュアスクランの元メンバーだろう。
居間の丸テーブルで改めて紹介してもらう。テーブルにつくのはアラクネ様、フィオナ、俺、屋内でもフードを取らないドリスと、給仕にターニャ。
フィオナの隣に腰掛けたカサンドラは、歴戦の戦士を思わせる体躯の持ち主だった。
「タリクから、フィオナがアラクネクランに入ったと聞いてね」
「そうですか」
以前に、八階であったアルテミスの青年がタリクだ。元ドリュアスクランのメンバー。真面目で爽やかな雰囲気だが、意外とフィオナには敬遠されていた。
逆にこのカサンドラに対しては、かなり親密なようだ。
「すいません、先に連絡をとらないといけなかったんてすが……」
「まあ、アタイがどこ行ったか言ってなかったからね、連絡付けようがなかったろ?」
「今はどちらに?」
「ゼウスクランだね」
万能神にして、ギリシャ神話のトップでもある神様。そのクランは、攻略組でも最大派閥に属している。
「でも駄目だね、大手は。何か自分がちっぽけに思えるっていうか、何かの部品みたいに思えちまう。アタイには、ドリュアスクランくらいが丁度よかったよ」
がははと豪快に笑う。謝るなら今のうちだろ、ドリス。
「それにしても、ドリス様はどこ行ったのかねぇ。子供のおやつを強奪して捕まってなけりゃいいんだけど」
「そんなことはしないよ!」
思わず声をあげるドリス。カサンドラの方はニヤリとしている。まあ、室内でもフード被ったままの存在に、あたりをつけてたんだろう。
「ふうむ、うちの敬愛すべき精霊様は、どうしようもない一面があってねぇ。調子に乗ると、すぐに失敗するんだよ」
「そそそ、そんなこと、ないよ……ど、ドリス様は、かわいくキュートでみんなのアイドルだよ」
身を乗り出して主張したところを、わしっと掴まれた。片手の握力だけで、ドリスを持ち上げ引き寄せる。
「おわー、何するんだよ!」
「そりゃ、こっちの台詞だよ。勝手にいなくなって、こっちは心配してたんだぞ!」
抱き抱えたドリスのフードを外し、わしゃわしゃとその頭を撫でる。なんだかんだで愛されてるのは確かだな。
「で、結局のところ、どうなってんだい?」
フィオナが手短に、ドリスが奴隷になって、アラクネクランに拾われたという話をしてくれた。
「精霊様が奴隷って、前代未聞だなぁ、おい」
「ぬおー、放せよぉ」
ずっとわしゃわしゃされて、出会った頃のような、もじゃもじゃに戻っている。
「となると、アタイはこっちの旦那にご奉仕すれば、クランに入れて貰えるのか?」
「いや、アラクネ様は、そちらですから」
先ほどからすまし顔で紅茶を啜っているアラクネ様。でも、ドリスの扱いに、笑みを必死に殺そうとしているのは、伝わってくる。
「アラクネ様、アタイもクランに入れて貰えますかね?」
「ふむ、それはわらわよりも、タモツ次第じゃな。取り仕切りは任しておるし」
「じゃあ、やっぱり旦那次第ってことじゃないかっ。たっぷりサービスするからよぉ、入れておくれよ」
「いや、サービスとかいらないから。どっちかというと、戦力不足の現状、戦える人が増えるのは嬉しいよ」
「おう、それは期待してくれていいぜ。十五階くらいまでなら潜った事あるし」
それは心強いな。
「でも、ゼウスクランの方はいいのか?」
「いいって、いいって。奴らは人数としてしか見てないからな。しがらみとか全然なくてね。攻略後の酒盛りすらないとか、どうかしてるぜ」
うちも酒盛りはしないな。夕食会はあるけど。
「そんなわけだから、ちょっくらいってくるわ。ヨロシクな!」
くたくたになったドリスを放り出すと、カサンドラは去っていった。嵐のような人だが、悪い人では無いだろう。
前衛が確保できれば、キサラも弓に専念できるし、バランスは良くなるはずだ。
「ワタシの了解はなしなの!?」
「ってか、お前はちゃんと謝れよ。心配掛けてたんだから」
「もう十分わしゃわしゃされたよっ!」
「フィオナ、元クランメンバーに謝罪行脚させた方がよくないか?」
「そうですね、ロイクはともかく、他のメンバーには伝えておきたいところですね。今度、連絡取ってみます」
さらっと外されるロイク。そんなに嫌われてるのか?
「え? ホントに? ワタシの意志は?」
「加害者に意志は関係ないだろ……」
その日のうちに、ゼウスクランを脱退してきたカサンドラは、そのままアラクネクランへと加入。貴重な戦力になるので、孤児より優先的に加護の儀式をしてもらった。
女子部屋のフィオナの上で寝ることになったようだ。
その夜、アラクネ様を男部屋へと誘った。加護の儀式で疲れているだろうけど、ちゃんと話せてないかなと思ったからだ。
「ここがタモツの部屋か」
「一応、男部屋なんですけどね」
「何もないな」
「まあ、寝るだけですし」
その言葉にぴくんと反応する。
「その、わらわは、儀式もあって、その、相手は……」
「分かってますから。単に一緒にいたかっただけです……駄目でしたか?」
「いや、そんな事はない。わらわも……」
ベッドに上がって、並んで眠る。それだけで十分なのだ。
「わらわは、ドリス除けか?」
「!? そそ、そんなことないですよ」
別にカサンドラから逃げるように、ドリスがやってくるのではと思った訳じゃない。
「その、カサンドラさんの入団を決めたときに、タモツ次第だって言ってたのが少し気になって」
「ふむ? クランの運営は、タモツが居てこそじゃろ。ソナタが決めれば問題はあるまい?」
「いえ、俺としては、アラクネ様が全てなんです。アラクネ様が幸せでいられるように、行動したいんですよ。
今は色々足りなくて、拡大させる一方ですが、それでアラクネ様に、その、負担になるようだと本末転倒といいますか……」
あまりうまく説明できない。
「何を悩む事があるのじゃ、ソナタはようやってくれておる。ソナタがおらねば、わらわは天界にもどっておったよ。全てはソナタのおかげだ」
「それは俺が、俺の為にやってたことで、アラクネ様にとってはどうなのか、不安があったというか……」
「ふふ、小心者よな、タモツは。安心せい、わらわは嫌な事は嫌じゃという。ソナタごときに気兼ねして、遠慮することなどないのじゃ」
「ありがとうございます」
「ふふ、わらわこそ、な。ソナタに甘えすぎてるのは分かっておるの……じゃが……」
不自然な感じで会話が途切れた。慌ててアラクネ様を見ると、寝息をたてている。ギリギリまで付き合ってくれたのか。
申し訳ないと思いつつ、今の幸せを再確認した。
俺はこの世界にこれてよかったんだと。さあ、明日からも忙しくなるな。
人が増えすぎといいつつ、更に追加。
これで一応、戦えるパーティーにはなったんで、しばらくは増やさなくていいはず。