キサラの能力とノートリアス
ようやく『三十路~』の文字数を超えました。
楽しんでいただけてますでしょうか。
軽くでも感想頂けると、ハゲみになります。
さて金欠だ。
神父の遺産はそれなりにあったし、土地も売れた。でもそれは孤児達への借金だ。孤児を受け入れる環境を用意するのにも時間をとられ、その間は迷宮にも入れていなかった。
頼んでいた防具も出来上がり、受け取りにいった。ギブソンは言うだけあって、かなりの腕だったようだ。あの日に触ってみただけで、きっちりとサイズが調整されていて動きやすい。
「今回はサービスよ、次はもっと凄いの作るからたんまり払ってね?」
バッチンというウィンクを投げられた。
キサラの銀貨30枚も大きい。
今後は、食費も多くかかるだろうし、さぼっている訳にはいかなかった。
今日のところは、キサラの具合も確認しつつ、八、九階で素材集めだ。
フィオナの畑で栽培する薬草の種や苗木を探す。
「街で栽培できるなら、迷宮に潜る必要はないんじゃ?」
「育てるにもある程度のコツがいりますし、時間もかかるのでどちらが楽とも言い難いラインなんです。子供達が世話してくれるなら、私達の場合はプラスかなと」
なるほど。実際、ドリスがあんな事になって、加護を失った他のメンバーはいなくなったのだ。薬草の栽培だけでは、生活に無理があるのだろう。
一方、アラクネ様の加護を受けたキサラは『魔弾の射手』というスキルと、『ポイズンスティング』という魔法を覚えていた。魔弾は弓の命中率にプラス、ポイズンスティングは、武器に毒を付与するらしい。キサラに狙われたら落ち着かない日々を送る羽目になるだろう……。
ステータスもほぼ20と、当初の俺の二倍だ。素質があったのだろう。メイン武器は短刀で、弓も使える。狙い通りの補強にはなっていた。
キサラはパーティー戦でも冷静な判断を見せて、欲しいところにダメージを与えてくれている。優秀なアタッカーになるだろう。
他の孤児院メンバーにも、順次加護の儀式が行われる予定だ。流れ作業的に一日で済ますこともできるが、一人一人に時間をかけた方が、よりよい結果を得られやすいとの事。その辺は、アラクネ様の判断に任せた。
「ノートリアスだ! ノートリアスが出たぞ!」
八階で薬草を探していると、そんな声が聞こえてきた。ノートリアス、突然変異したモンスターで、大抵はやたらと強い。その階の平均レベルでは、とてもではないが倒せない。その場でいくつものパーティーが協力して倒すのが普通だ。
「行くぞ!」
俺は声がした方に走り出した。
八階のノートリアスは、巨大な食人植物だった。全高は5mを越え、暴れ回るツタは10mほどもある。ウツボカズラのような袋が、茎にいくつも成っており、あれが弱点でもある。
「どうやって近づくんだ?」
攻略サイトを斜め読みした俺は、あの袋を壊すべきという情報を共有。しかし、ツタが邪魔で近づけそうにない。
「仕方ないわね」
キサラが歩みでると、弓を構えた。あの袋にダメージを与えられるのか?
てっきり、あの袋に穴を開けるものだと思っていたら、キサラが狙ったのはそれを支える茎だった。
三本続けざまに放った矢は、細い茎を掠めたり、刺さったり。ぼとりと袋を射落とした。
「なんじゃそりゃ」
今日から冒険者を始めたとは思えない技量だ。
「スキルの効果ね、かなり精度が上がっている」
「なるほど、他も頼む」
同じように三本の矢で、もう一つ袋が落ちる。もうキサラだけで倒せるじゃん。
そう思って眺めていると、キサラが次の矢を射た瞬間だった。
「うおぅ」
油断していたところに、わき腹へと痛みが走った。キサラの放った矢が、俺の体に刺さっていた。
キサラを見ると、顔が真っ青になっている。本人に、その気は無かったようだ。
「続けて撃て!」
キサラが手を止めている間も、あちこちで悲鳴があがっていた。ツタをかき分け、袋に肉薄するのは難しい。
キサラの弓は貴重な戦力だ。
「タモツさん!」
駆け寄ろうとするフィオナを止める。回復よりも、キサラの動向に集中した。
二つの袋を三本ずつで射落とし、次を狙った時、あり得ぬ角度で矢が飛んだ。90度ねじ曲がった矢が、俺へと飛んできていた。
見えていれば防げる。盾を掲げてその矢を止めた。
「次だ、次行けっ」
再びこちらを見て、不安そうな顔をしたキサラだったが、自分の役目に専念する。
十個ほどあった袋の七つまでをキサラが射落とす大金星。その間に俺は三回射られていた。
「どうやら七発目が俺に飛んでくるようだな」
魔弾の射手、確かそんな戯曲があった気はするが、詳しい内容は知らない。ただ、その優れた命中精度の反動として、たまに味方を狙うようだ。
「危険……ですね」
治療してくれたフィオナが言う。
「そうか? 狙われるのが俺なら、なんとかなりそうだが」
「ふん、ボクが成長すれば、止められなくなるぞ」
確かに、俺よりも素養のあるキサラが成長したら、無理になってくるか……。
それに狙われるのが俺ならまだしも、加護のないドリスとかになるとまずい。
「研究は必要か。ただ捨てるには、キサラの弓は勿体ないしな」
「勝手にすればいい」
キサラはそっぽを向いて、落とした袋へと歩いていった。
袋の中にはレアドロップのウツボの滴という液体が溜まっていた。栄養価の高いエキスで、植物の育成に役立つそうだ。農薬みたいなものだろうか。
「あんたらが落とした分は、あんたらで貰ってくれ」
比較的軽微に終わったノートリアス戦に気をよくした他のパーティーは、快くレアドロップを譲ってくれた。
あとでギルドの買い取りを見ると、さほど価値は高くはなかったが、フィオナの薬草栽培には大いに役立ちそうである。
キサラの『魔弾の射手』を改めて試してみたが、やはり七発目が狙いと違った方に飛ぶようだ。それも、俺に向かって飛んできた。距離や方向は関係ないようだ。さて、判定基準はなんなのか。憎んでる相手に飛ぶ?
あやふやのままに使うわけにはいかないか。七発目におかしくなるのなら、その時だけ気をつければ大丈夫そうではあるが……。
それだけを確認して、そのあとはフィオナの指示の下、薬草やキノコの採取に精を出した。久々に地道な作業といった感じで、思ったよりは楽しんでいた。
その夜、ようやく出来上がった男部屋でくつろぐ。
エレナを含めた孤児達の男女比は、女子九の男子二という偏り。神父の趣味だろう。
男部屋で男子二人も引き取ろうかと提案したが、今まで通りがいいということで、男子二人も孤児院の方にいる。
俺のいる男部屋は女子部屋と同じく十畳ほどの大きさがあるので、一人だと少し寂しい。男性団員を入れるのも検討しないとかなぁ。
などと思っていた時だった。
「やっほー、タモツ。来たよー」
と気楽な調子でやってきたのはドリスだ。
「一人じゃ寂しいでしょう?」
「そんなことないよ、静かでゆったりできるし」
「まあ、それはそれとして」
俺の意見など聞き流し、ドリスは構わず入ってきて、ベッドにまで上ってくる。
「そろそろワタシの番だと思うわけさ」
「な、何がだよ……」
わかっちゃいるけど、認めちゃ駄目な気がするんだよね。人としてのボーダーというか、倫理観というか……。
「アラクネの許可もあるんだから~」
「許可って、そんな……」
「 女の子の想いにしかと行動できるかや?」
「ぐっ」
あの日のアラクネ様の台詞。やっぱり筒抜けじゃないか。
「あの日の事をドリスが知ってるって事は、今日の事もアラクネ様に伝わるって事だよね?」
「そ、それはもちろん。わかってるよ?」
ちょっと視線を泳がせながらいう。やっぱり、やましいことはあるようだ。
でも、思い直したのか、俺を見つめてニヤリと笑う。
「アラクネも、30点じゃかわいそうだしね」
そういわれて突っぱねる事はできなかった。こうやって悪女にはまっていくんだろうな、男は。
「ゆうべはおたのしみでしたね?」
朝、シーツを回収に来たフィオナの声で目が覚めた。ドリスの姿は既にない。
フィオナはそれ以上、何も言わずに去っていく。俺のプライバシーはどこにあるのだろうか。
細かいイベントばかりだけど、そろそろ大型の波を起こさないと駄目だろうか……。