十一階攻略と不足戦力と
タダシとの臨時パーティーでの探索とか。
「30点じゃな」
そう言ってアラクネ様は立ち上がる。衣服を整え、髪を手櫛で直す。
精魂尽き果てた俺はそれを黙って見送るしかできない。
部屋を出るとき顔だけ振り返って告げる。
「はじめから満点では、次が面白くなかろう?」
そう笑みを浮かべて蝋燭を消した。
俺は暗くなった室内で悶え苦しむ。これが幸せなのか、身の中を駆けめぐる何か。
そうだ、シーツを片づけないと、マットレスも不自然だし……。
しかし、体は動かず、周囲は真っ暗。思考は闇へと落ちていた。
「マットレスはどうしますか?」
次に意識が戻ったのは、その声と共にだった。手早くシーツをまとめ、振り返りながら聞いている。
ぼんやりした頭のままに答えていた。
「運ぶよ、工房が使えなくなるだろうし……」
朝からの肉体労働……というほどでもない。既にみんな起き出していて、居間へと移動していた。俺はそのまま女子部屋へ、ドリスの一階部分にマットを納める。
改めて居間に戻るが、変わったところはない。至って普通の日常、それが何か恐ろしい。
「今まですいませんでした」
己のいたらなさを謝るしかない。
「いいよ、いいよ、これからに期待してるからっ」
素敵な笑顔で親指を立てるドリス。フィオナは眼鏡の奥で、アラクネ様やドリス、ターニャの動向を探っている。
ターニャは俺を見つめて、微笑みを浮かべた。
俺はどうなってしまうのだろうか?
結果、何も変わらない。
迷宮で待ち合わせたタダシ達と合流。そのまま迷宮へと入っていく。
「今日は十一階、いっちゃいましょう」
いつものようにタダシは軽く言う。まあ、ステータスはかなり上がったし、問題はないのか。
十一階は、少し広くなった坑道で、コボルトの上種であるハイコボルト、暗がりに潜み不意をついてくるノーグという四つん這いのゴブリンみたいな奴がでる。
広くなった事で、二人並べるようになったので、俺とタダシが前衛。ドリスが中央、ルージュ、フィオナが後衛となっている。
「ワタシも加護が貰えたら、戦えるのに」
見てるだけのドリスは不満そうだ。それでも、クランハウスで待つだけの日々よりは楽しいようだが。
ドロップ品を取りに行くのも軽快だ。
「来ますよ」
「おお」
ハイコボルトが二匹。コボルトより一回り大きく、人間とさほど変わらぬサイズ。全身に犬のような短い剛毛が生えている。筋力、脚力も強くなっていて、鋭い爪で攻撃してくる。
「スパイダーウェブ」
向かってくるうちの一匹の速度を遅らせ、残った一匹にファーストアタック。奴の意識をこちらに向けたところで、背後からタダシの強烈な一撃。
そこへルージュからの火の玉も飛んできて、一連の流れで撃破。二匹目がまだ蜘蛛の網でもがいているところを、タダシと一緒にボコる。
「さすがタモツさん。連携分かってますね」
一時期やってたネットゲームでは、役割が明確に決まっていた。タンクと呼ばれる体力の高い者が、敵を引きつけ、攻撃力の高い者が、攻撃に全力を注ぐ。
敵の数が減れば、受けるダメージも経るので、いかに数を減らすかが大事なのだ。
「このくらいは、当たり前じゃないの?」
「いやー、うちのパーティーリーダーも盾持ちなんすけど、一匹に集中しちゃって、俺っちも敵を受け持って、Wタンクになるんすよ。何度も提案はしてるんすけど、聞いて貰えなくって」
攻略大手のクランでも、それらの知識は共有されてないのか。それとも、ゲームを介してゲーマー戦略が進んでいるのか。
「何にせよ、安全にサクサクいけそうっすね」
十階よりも連携に重きを置いた戦術は、殲滅速度を上げていた。ノーグの不意打ちは厄介なのだが、ドリスが頑張って見極めようとしてくれている。
こうして十一階での探索も思った以上に、成果を上げて進行できた。
それから三日ほどをタダシ達とこなし、十一階の探索もほぼ終了。ハイコボルトが稀に落とす銀鉱が、それなりの値段で引き取って貰えて、稼ぎもそれなりだった。
「十二階は、またゴブリンに戻るんすけど、相手もパーティーなんすよ。前衛、後衛があるから結構厄介で。こっちの連携があればいけるんすけどね」
「この数日の戦いで、連携の大事さが分かりました。パーティーリーダーを説得してみせます」
ルージュも今回の共同パーティーで感じるところがあったようだ。
「ああ、タモツさん。さすがに装備を考え直してくださいっすよ。さすがに初期装備でこの辺は、舐めすぎっす」
そう言われて自分の装備を確認すると、確かにほとんどが初心者用の革鎧。タンクを張るには貧弱だった。守護騎士には、防御アップの効果もあったようで、さほど気にはしてなかったが……。
「ああ、気をつけるよ」
また戦力不足に陥る訳だが、他のクランで共同募集がないかを確認するしかないか。
取りあえず、タダシに指摘された装備を何とかするか。
鍛冶クランの一つ、ブリギットクランを訪れた。金属加工に定評のあるクランで、どちらかといえば、細工物に長けているそうだ。
「あーら、いらっしゃい」
四十くらいの頭を紫に染めた男が、おねぇ口調で現れた。
「今日は何をお求めかしら?」
「え、えーと、動きを制限しない程度に、部分鎧を」
「ふーん……」
ジロジロと俺の体を見回している。
「うちの仕事は高いわよ、ちゃんと払えるかしら?」
「う……その辺も、相談で。一応、十一階辺りを探索中だ」
そう告げると、店員の目が細められた。
「その装備で十一階……ちょっとこっちきなさぁい」
試着室のような小部屋に連れ込まれる。ついてきたドリスは、アクセサリーに見入っていて、こちらの事は気にしていないようだ。
「じゃ、脱いで」
「ふぇ!?」
こんな狭い部屋に連れ込まれ、おかまっぽい人に脱げと言われて、抵抗ない人がいるだろうか?
「早く、これでもアタシ、忙しくてよ?」
ただその職人っぽい眼差しに、渋々と上着を脱いでいく。アラクネ様にもらったシャツと、地球産のトランクス姿になる。
最近は姿見を見ることがなかったが、なんだかんだで筋肉質になってきているのに気づく。連日迷宮で戦ってたらそうなるか。
「ふーん……ふむふむ」
店員の指が、体を這っていく。正直、鳥肌どころか、走って逃げたいくらいだった。
「いいでしょ、用意してあげるわ。銀貨10枚ってとこかしら」
初心者用の金属鎧一式が銀貨6枚だったので、そこまで高くはない。
「それは、どの程度なんだ?」
「もちろん、十一階にふさわしい、防御性能を持った装備に仕上げるわ」
「わかった、任せるよ」
「アタシはギブソンよ、よろしくね」
バチンとウィンクされた。
装備が出来上がるまで、三日ほどだそうだ。既存のモノを、俺に合わせて調整するとのこと。値段相応は期待できるだろう。
その間に俺は、共同パーティーを組んでくれそうなクランを探さないといけない。
十二階は連携が重要って事で、本来ならちゃんとクランで集めたいところではあるが。
タダシと組んで、サブタンクもこなせる戦士系と、遠距離系が一人ずつは必要だと分かった。
戦士はまあ、一番ポピュラーだとして、遠距離か。魔法はもちろんだが、射撃武器というのもある。狩人系のクランといえば……。
ふとある男の顔が浮かんだ。
ドリスは難色を示し、フィオナも少し思案顔だ。
「ロイク自身は、魔道師なので狩人と限定するなら、パーティーにはならないと思いますけど……」
思い出したのは、八階で声を掛けてきた元ドリスのクランの男だった。今はアルテミスクランにいるはずだ。
アルテミスは森の狩猟系の神様で、弓などに長け、罠などにも詳しいクランのはずだ。
あとはゲームでよく聞くエルフも、多く所属しているはずだ。
しかし、ドリスにはちゃんと謝らせたいと思っていたが、フィオナも少し苦手そうだし避けた方が無難か。
「うちのパーティーに、エルフあたりが最適かと思ったんだがなぁ」
エルフは、軽戦士で剣や弓に通じていて、魔法の心得もあるのが普通だ。それはこの世界でも同じで、今うちのクランが不足してるところを埋めてくれそうだ。
「アルテミスに頼らず、エルフを探せばいいんだよ!」
思ったより長くなってきたので、ここらで投稿。
次はクランの戦力補強の話になる予定。