十階と新しい戦力
性的暴行をにおわせる描写があります。
苦手な方、不快に思われる方はご注意ください。
変な夢を見た。
喧嘩していたアラクネ様が、暗闇の中でデレた夢……。
やばいなぁ、ドリスの言うように、欲求不満が溜まっているんだろうか。などと思うのは、タダシが羨ましいと思うだけなのか。
結局、誰とも親密になれずに、もんもんとしちゃうのは、俺の弱さなだろうなぁ。
九階の探索は、順調に進んだ。
その間もアテナクランによる監視は、べったりと言う訳じゃないが、続いてはいる。近くでパーティーが狩りしてるなと思ったら、アテナクランだという感じ。
稼ぎに影響がないので、問題はない。
それよりもモンスターの不意打ちに苦戦する姿を見せてくれるので、ドリスの恩恵を実感させてくれた。
もちろん、ドリス本人には言わない。調子に乗ると失敗しそうだし。
四日ほどを安定して稼ぎ、いよいよクランハウスの拡張が始まった。まずは居間で雑魚寝状態の女性陣の為に、女子部屋が作られる事になった。
今は四人だが、今後も考え八人は寝られるスペースを確保した。
あとはオマケで工房用出入口も追加。個別依頼を受けれるようにという面もあるが、主に俺の出入り用だ。
工事自体は簡単で、二日もあれば終わるらしい。
その間も俺達は迷宮へと潜っていた。
「じゃじゃーん」
新しい部屋ができたとき、ドリスに案内されて女子部屋を見せられた。二段ベッドが四基……と思ったが、一つは天蓋付きベッドになっていた。アラクネ様用らしい。自作のカーテンで豪奢に見える。
「わらわはあまり眠らぬから要らぬといったのじゃがな」
といいつつ満更でも無さそうだ。後はそれぞれ二段ベッドを一人で使う状況。なぜかドリスは上の段で寝るつもりらしい。
次は男部屋を作って貰えるくらいには、頑張ろうと思った。
リフォームが終わり、英気が養われたところで、十階に挑むことになった。
フィオナも立ち入った事のないエリアだ。
六、七階は平原、八、九階は密林だったので、十階の坑道というのは、久しぶりに迷宮といった雰囲気。人が一人通れる程度の通路が、縦横に走っている感じだ。
「ワウゥ」
十階にいるモンスターは、コボルト。ゴブリンと並んで、ザコモンスターっぽいが、数で押してくるので厄介だ。
狭い坑道なので複数同時にかかって来られる事はないのだが、遠吠えで仲間を呼ばれると挟み撃ちになることがあった。
「ブランチウォール」
フィオナが背後の通路に、枝でできた壁を作り、時間を稼ぐ。その間に正面のコボルトを撃破、とって返して背後のコボルトも殲滅できた。
「すいません、私も戦えればいいんですが」
コボルトに引っかかれた傷を癒してくれながら、申し訳なさそうに言ってくる。
「いや、そこは役割分担だからね。でも、挟み撃ちはヤバいな。仲間を呼ばれる前に倒さないと」
でもそれも難しい。狭い通路だけに、奥にいるコボルトを倒すには、手前のコボルトを倒さないと駄目なのだ。
魔法で一気に倒すか、長射程の弓みたいな武器で倒すか……どちらにしても、現状の戦力では無理か。
その日は無理をせずに九階に戻って、稼ぐことにした。
「来るのはここだよねー」
ドリスは当然のようについてきていた。奴隷商へと。
クラン制度がなければ、酒場みたいなところで募集もかけれるのだろうが、レベルアップなどを考えれば同じクランでないと不便なのだ。
自然、追加戦力を求めるなら、フリーの人材。奴隷を頼るのが手っ取り早い。ドリスにしろ、ターニャにしろ、クランメンバーとして問題はないしね。
「いらっしゃいませ、タモツ様」
ニコニコ笑顔で商人に迎えられる。
「今日はどういったご用件でしょうか?」
「戦闘系……かな」
俺自身が戦士で、フィオナがヒーラー。職被りをなくすなら、魔法を使える魔道師や弓を使える狩人などでもいいが、挟み撃ちに対応するなら、近接戦闘ができる人が欲しい。
「そうですか、ではこちらへ」
商人はどことなく嬉しそうだ。単価として、戦闘系は高いからだろう。
以前見せてもらった運動のできる広場へとやってくる。
並んでいるのは、戦士系奴隷。みな筋骨隆々で、頼もしく感じる。
「あれ? 女の子じゃなくていいの?」
などとドリスに茶々を入れられるが、欲しいのは戦力なのだ。
「軽く手合わせしてみても?」
「ええ、それは構いませんよ」
練習用の木刀を手に構える。いかにも強そうで、ビビるがドリスがいてくれることで、守護騎士の能力も発動しているはず。無様な事にはならない……といいなぁ。
結果としては俺の圧勝だった。知らず知らずのうちに実力が付いていたのもあるが、ステータスの違いなのだろう。十階に到達したこともあり、俺の能力は百弱まできている。ドリスがいれば更に上乗せもあった。
奴隷戦士は肉体を鍛え、戦闘技術もあるのだが、ステータスが伸びていないのだ。
「なるほど……」
奴隷を買うなら、その将来性を見込んで買わないといけないのか。
フィオナの護衛を任せるなら、それでも十分か。
「では、この男を」
打ち合った中で、防御技術に秀でていたと感じた者を選んだ。
ネプチューンクランであったその男のクラン解除も速やかに進み、クランハウスへと連れ帰る。
「戦士のテベスです、この度は雇用頂きありがとうございます」
優雅に一礼する。金色の短髪で、カールした毛は軽やかで、緑の瞳と相まって、爽やかなイケメンである。
中肉中背の細マッチョといった雰囲気は、モテそうでもある。
「いいの? タモツぅ」
ドリスが聞いてくるが、戦力として雇ったのだ、問題はない。
しかし、俺は奴隷を雇うという意味を少し軽く考えてしまっていた。それに気づいたのは、事が起こってからだったのだ。
翌日、十階の探索は順調に進んだ。コボルトの挟み撃ちにも対応てきている。
テベスだけで倒すのは無理だったが、フィオナが襲われる事態は防げたので、フィオナの攻撃魔法で補助しながら撃破できていた。
これで俺も正面の敵に集中できて、探索スピードも上がった。
ただドロップ品のコバルト鉱石は、加工が難しくあまり流通がないらしい。買い取り値が安くて、稼ぎとしてはイマイチだ。
夕食時にその辺の事を報告し、先を急ぐかまったり行くかを相談してみた。
「まあ、焦ることもなかろう。無理をせぬのがタモツの方針であろう?」
「連携を磨いたり、テベスのレベルアップも必要だろうしね」
「はい、薬草のストックはありますし、収入は焦らなくても大丈夫そうです」
そんな助言もあって、しばらくは十階を探索することにした。
「あれ? 出かけたのかな」
工房兼男子宿舎に戻ると、テベスがいなかった。フィオナの夕食を喜んで食べていたので、腹ごなしに散歩にでも行ったのだろう。
俺もどこかふらついてこようかと思ったとき、かすかな声を聞いた。悲鳴のような、しかもターニャのもののような……。
俺は慌ててターニャの契約書を取り出す。逃げたときの追跡にも使えるが、こうした事態にも重宝する。
契約書に念じると、ターニャのいる方向や距離が何となく伝わってくる。明らかに女子部屋ではない。
俺はクランハウスを飛び出した。
アラクネクランはスラムの片隅。治安が悪いということもないのだが、人が少なく灯りもない。
俺はランタンを手に走る。辺りが静かな分、物音があるとわかりやすかった。
廃屋の一つに人影がある。二人が絡み合うように。
倒されているのはターニャで覆い被さっているのはテベスだった。
「何をしている?」
「え? ああ、タモツさん。食後の運動ですよ」
何でもないことのように返してくる。
「ちゃんとタモツさんの相手じゃないのは確認しましたから」
「何?」
「あのドリスって子がお気に入りなんでしょう。さすがに雇い主の女に手を出すような真似はしませんよ」
本人はわきまえているつもりのようだ。ただターニャの様子はおかしい。ぐったりとして、動いていない。
「ターニャをどうした?」
「いや、ちょっと暴れたんで、大人しくしてもらっただけです。もちろん、仕事には影響ないですよ」
ランタンで照らすと、顔が腫れてしまっていた。
「女奴隷なんてコレの方が本当の仕事だろうに、生娘のように嫌がりましてね」
「ああ、そうか……」
「それじゃ、俺はしばらく楽しんで帰りますので……」
そこで黙らせた。腹部への一撃で戦意は喪失。首筋への一撃で意識を刈り取った。
「ターニャ、すまない」
衣服が乱暴にはだけられ、動けない様子のターニャに上着を掛ける。
「フィオナを呼んでくるから」
廃屋に一人残すのは忍びないが、下手に男の俺が手を出すよりはいいだろう。
クランハウスへと戻り、フィオナにターニャの事を伝え、契約書を渡す。
俺は引きずるように持ってきたテベスを抱え、奴隷商へ。
「どうかなさいましたか、タモツ様」
「テベスの犯罪歴を教えてくれ」
「は、はい」
確認を怠ったのは俺のミスだろう。
「強姦ですね。何かやらかしましたか?」
「ああ、ちょっとな。返品は可能か?」
「新たに買い取りという形になるので、銀貨10枚になります」
「そうか……それでいい、引き取ってくれ」
この世界では当たり前の事なのかも知れない。ただ俺が許せなかっただけの我が儘。テベスに注意する事はできたし、犯罪歴を聞いてなかったのも俺の失態だ。
俺は奴隷商を後にした。
クランハウスでは、居間で、みんなが待っていた。フィオナの手当で、ターニャの腫れも治まっているようだ。
「あの、これ、ありがとうございました」
ターニャが俺の上着を渡してくれた。
「大丈夫……か?」
そんなはずはないのだが、聞いてしまう。
「はい、その、まだでしたので……」
そんなことを聞いたわけじゃないのだが、俯いてしまったターニャにそれ以上は言えない。
「テベスはどうしたの?」
「返してきた。アラクネ様、すいません。勝手に銀貨10枚ほど損しました」
「タモツがそうしたかったのなら、問題はないじゃろ」
そんなアラクネ様の様子が嬉しそうに感じるのは、俺の甘えだろうな。失敗したのだから、しかって欲しいところだ。
「ホント、今回の事はタモツが悪いんだからね! もっとしっかりしてよ!」
一緒に奴隷商にいって、テベスの犯罪歴にも気を止めなかったドリスに、怒られるというのはどうかと思う。でもキチンと言葉にしてくれて、救われた面もあった。
「ああ、気をつけて、同じ失敗はしないよ」
ここは日本ではない。
あらゆるルールが違っている可能性をはらんでいるのだ。奴隷が許される世界、ちゃんと向き合う必要はあるなと心に刻んだ。




