接触
「でさ、タモツ。真面目な話なんだけど」
「ん? 何だ?」
八階を探索中、薬草が群生しているのを見つけた。フィオナが採取をしている間の、ちょっとした休憩。その時に、ドリスが話しかけてきた。
「いつまで童貞を守ってるの?」
「どこが真面目な話だよ」
ドリスが真面目な話をしとことないか。
「いやいや、真面目なんだよ!」
ただいつものからかいとは、ちょっと違う雰囲気もあった。
「タモツってさ、ワタシ達に遠慮してるっていうか、一歩下がってる感じあるじゃん?」
そうなんだろうか?
「それって根本的に女の子が苦手だからだよね? 一発やっちゃえばマシになるんじゃない?」
「だから何でそう言う論理になるんだよ」
「えー、仲良くなるにはスキンシップだよ。フィオナだってもっと仲良くなりたいよね?」
いつの間にか戻ってきてたフィオナに、ドリスが話を振る。
「えっと、あの?」
ほら、やっぱり駄目じゃん。可愛い女の子が、おっさんに興味ないって。
「その、タモツさんには、アラクネ様が、いらっしゃいますし」
「そっちかぁ」
そっちもどっちもないよ?
「アラクネ様は神様だろ」
「ん? うちらの間じゃ関係ないけど。人間との間で子作りとかざらだし。こっちの体は、人間と同じに作ってるしね」
思わずアラクネ様を思い浮かべる。西洋人形のような整った顔立ち、感情によっては若くも大人びて見えたりもする。外見的には、二十歳くらいだとは思うが……。
「って、違う、違う」
アラクネ様をそんな風に見ちゃ駄目だろう。
「アラクネもねぇ、お堅いとこあるから難しいよねぇ。それよりも初めて同士は失敗するよ?」
どうしてもそっちに話をもってくか、このセクハラ精霊。
「ここはワタシで練習して、本番に臨むとか。初めてを試したいなら、フィオナでもいいんじゃない、ねぇ?」
「た、タモツさんが望まれるなら……」
そこで頬を染めながら頷かないで、本気にしちゃうからっ。
「ほらほら、稼がないと。クランハウスを建て増ししないと、狭いだろっ」
「あ、逃げた……」
夕飯を終えて、腹ごなしに散歩に出かける。フィオナのご飯はおいしくて、ついつい食べ過ぎてしまう。
気が利いて、料理がうまくて、家事全般をこなして、稼げる技術もあって、理想の嫁だな。などと考えてしまうのは、ドリスのせいだろう。
しかし、一歩引いてる……ねぇ。
「動くな」
ごりっと背中に、固い物が押しつけられる。
考え事をしていて、油断していた。クランハウスは、半分スラムのような場所にある。治安が悪い危険もあった。
幸い財布はハウスに置いてきたし、取られて困るのは命くらいか。
「あんた、日本人だな?」
思わぬ問いに、硬直する。
「ゆっくりと、こっちを向け」
言われたとおりに振り返ると、押しつけられていたのは見慣れた情報端末だった。
「いやー、やってみたかったんすよね、ああいうの」
近くの石に腰を下ろした男は、砕けた様子で話しかけてきた。
歳は二十代半ばといったところか。
「俺の名前はタダシっす」
「……タモツだ」
素直に名乗っていいか一瞬悩んだが、偽名を使う意味もないかと思い直した。
「で?」
「いやー、最近登録されたクランに、アラクネってのがあって、目星をつけて来たんすよ」
勝手に俺を特定した方法を教えてくれる。なるほど、攻略サイトに新しい情報があれば、そこにプレイヤーが関わってると。
そう言えば現地の人に日本人と知られたり、情報端末を見られるのよくないとされたが、プレイヤー同士の接触は禁止されてなかった。
「あのですね、ちょっと聞きたい事があったんすけど……」
まあ、そうでもないと、わざわざ会いにこないよな。
「この世界ってなんなんすかね?」
「何って……体験型アトラクション……だろ?」
このところ忘れかけていた事実。
「でもですよ、こんなのって実現できるんすかね?」
「まあ、俺が知る限りだと、聞いたことは無かったけど……」
VR技術とか言われだしてはいるが、五感をすべて再現するなんて聞いたこともない。
そもそも中にいる人達の反応、あれらをプログラムで再現できる訳がない。
「ここって、ゲームの中……なんすかね?」
「そ、それは……」
今まで深くは考えて来なかった事。どこかで、避けていた思考。
「実はっすね、こっちで彼女ができたんすよ」
リア充爆発しろ。
「でも期間が過ぎたら帰らなきゃならないじゃないっすか」
そう……か。
「俺、どうしたらいいっすかね。日本じゃ会えないようないい子なんすよ」
そんな事聞かれても、俺も困る。というか、なんか頭の中がごちゃごちゃしてくる。
「タダシはいつまでなんだ?」
「あと1ヶ月ほどっすね」
「俺はまだこっちきて1ヶ月経ってないんだ……正直、どういったらいいかわからん」
「……そうっすよね」
「でも、俺も考えてみるよ。何か思いついたら連絡する」
「そ、そうっすか! ありがとうっす!」
タダシはマルスクランらしかった。アテナでなくて良かった……。
職安で案内された会社。そこで契約書にサインして、ここに連れてこられた。
最低三ヶ月は拘束される。
そう最低だったさはずだ。
だとすれば、三ヶ月過ぎても強制的に帰らされる訳じゃない……のか?
しかし、この世界に残るのか?
というか、このアトラクションが一般開放されたりしないのか……いや、そもそもこの世界はなんだ。アトラクションなんかで済ます事のできないリアリティ。
どこなんだ、ここは。
バーチャルで再現されたんじゃなければ……魔法のある世界?
訳がわからん、どうすればいいんだ。何が正解なんだ。
深く考えずに三ヶ月過ごし、給料をもらって日本で暮らす。それが正解なのか……。
結論の出ない思考を繰り返すうちに、クランハウスへと戻っていた。
「ただいまー」
「た、タモツ。わらわは、その、特に何を禁止するとかはないからな、仲良くやってくれたら、それで……」
しどろもどろになりながら、アラクネ様が取り乱している。一体何の話だ。こっちは難しい問題に直面して混乱しているのに……。
「ちょっと疲れたんで寝ますね、また明日」
工房のハンモックへと転がった。考えなきゃと思う反面、探索での疲れもあって、すぐに寝入っていた。




