外伝:アラクネ様の一日
ストーリーの隙間のオマケ話です。
留守番するアラクネ様と、ターニャの紹介となっています。
「クランハウスが手狭になったのぅ」
皆が眠る様子を見ながらそんな事を思う。つい最近まで一人きりじゃったのに、気づけば五人に増えておった。
幅2m、奥行き3mの空間で、四人が寝泊まりしている。かまどや食材庫などもあるので、実際はもっと狭い。
最近入ったターニャは、部屋の隅で丸くなり、精霊なのに奴隷になったドリスは、ハンモックの上。
敷布の上で正しく寝ておるのは、フィオナだけじゃ。胸に大きな重しが乗ってる割に、健やかに寝ておる。
隣の工房では、クラン唯一の男であるタモツが寝ておるだろう。
全ては彼との出会いから始まった。
半年に一回のクラン合同入団会に、そやつは現れた。
無精ひげに疲れた覇気のない表情。冒険者になるというには、歳を取りすぎた行き場が無さそうな男じゃった。
嫉妬深い女神の横槍で、クランとしてやっていけず、細々と内職のような仕事で食いつないでいたが、そろそろ天界に戻されそうなわらわ。行き場が無いのはわらわも同じじゃった。
二人でクランをスタートさせて、翌日には奴隷を買ってくる破天荒さ。それが知己の精霊で、その元クランメンバーも加入した。
三人はそれなりに順調に、攻略を進め、今では八階辺りを探索中との事じゃ。
そこでタモツは一人留守番をするわらわの為に、新たに奴隷を購入。先に住むところを向上せぬものか。
朝日が昇り、ぱちりとフィオナが目を覚ます。
「おはようございます、アラクネ様」
「うむ、おはよう」
フィオナがここで暮らすようになって、家事のほとんどは彼女がやるようになっていた。
最初に起き出し、朝食の準備。簡単な掃除も平行してこなし、皆を起こして回る。
フィオナのおかげで、生活水準は大きく改善されておる。
タモツ、フィオナ、ドリスは、迷宮へと向かい、わらわとターニャは隣の工房へ。
工房も居間と同じく2m×3mあるが、大きめの機織り機と布やクローゼットがあるため、かなり狭い。端の方にタモツのハンモックが吊してある。
この工房では一通りの作業が行えるように整えてあり、細々と衣類を仕立てて販売していた。
「き、今日はどうしましょう?」
見習いとして入ったターニャは、まだわらわとの接し方がぎこちない。まあ、普通はクランといえども、神と接するのはごく僅か。一緒に作業する事などありえんのだ。
「今日もまた糸紡ぎかの」
衣服の最初、糸を紡ぐ作業。単調だが、大事な作業なのじゃ。
最近は食料事情が改善したおかげで、わらわの糸が作りやすくなった。絹に似た魔法の蜘蛛糸。これで編んだ服は、吸水性、発散性に優れ、通気性もよいので、肌着にも重宝する。
今はタモツのシャツと、ドリスのスパッツしか用意できてないが、クランメンバー全員に一式用意したいと考えていた。
「はい、わかりました」
ターニャは歯切れの良い返事で、糸車の準備を始めた。
わらわの手から伸びる糸が、カラカラと糸車へと吸い込まれていく。糸を出すペースと、巻き取っていくペースとを合わせるのにコツがいるが、ターニャは頑張って合わせてくれておる。
一定量の作業が終われば、勉強の時間。
ターニャはまずレースの作り方を習いたいということだったので、細いかぎ針の使い方を教えていく。
目の細かいものは、すぐに歪むので、全体を確認させながら、一つ一つを丁寧に。
ターニャは、こういった一見単調じゃが、集中力のいる作業を苦にせぬようじゃ。
奴隷商で見せてもろうた織物も、そういったきめ細やかな作業が丁寧に作られており、好感が持てた。
「のうターニャ。なぜソナタは奴隷に落ちたのじゃ?」
本来は触れて欲しくないかも知れぬが、犯罪性はクランの主として把握する必要がある。
「は、はい……」
ポツリポツリと語り始める。
アテナクランに所属し、ステータスの低さから、アシスタントか職人かを選ばされた。
ターニャとしては、元々職人を目指していたので、文句なく職人に。販売される作品は、上位の能力者の物のみなので、糸や布の用意をするのが仕事だった。
生来の性格で、細々とした作業は好きだったので、無地の布をひたすらに織るなどを淡々とこなし、その丁寧な仕事を上位の人に褒められたりもしていた。
しかし、それが気に入らない人達に、目を付けられてしまった。
無理な量の作業を回され、寝る間を削って作業を行い、唯々諾々と従っていた。
それなのに、今度は従順過ぎるのが機にいらない。抵抗しないのが、面白くないと難癖を付けられ、殴られたり、蹴られたり。
そんな程度の低いいじめは、すぐに監督官に見つかり治まった。
ただその時の作業の中にミスがあり、上位職人かそのまま使ってしまった為に、客からクレーム。多額の賠償金の責任が、ターニャへと被せられた。
支払い能力のなかったターニャは、そのまま奴隷商に売られる事になったのだ。
「な、なんじゃ、それはっ」
「今となっては天の導きです」
ターニャが手芸を始めたのは、母の持っていたアラクネ作のレースのハンカチを見たからだった。
田舎から出てきたターニャは、アラクネのクランは無いと聞き、仕方なくアテナクランに入っていた。
「うむうむ、運命の糸車はソナタの味方じゃ。わらわの全ての技術を伝えるゆえ、そやつらに目に物みせてやるがよいぞ」
そして、このような逸材を捨てたアテナにギャフンと言わせるのじゃ!
「ただいま、アラクネ様」
「お腹減ったー」
「今準備しますから、お待ち下さい」
居間の方が騒がしくなった。タモツ達が帰ってきたようじゃ。
わらわの大事なクラン。皆が幸せになれるよう、わらわもやれることを精一杯やらねばな。
ちょっと都合良く繋げ過ぎましたが、ターニャも幸せになって欲しいです。