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文字語(もじがたり)  作者: 陽芹 孝介
第一章 文字は語る
4/4



………銀行前………



銀行前は警官隊や報道陣……そして多くの野次馬達によって騒然としていた。

警察車両や報道陣の車両により銀行は完全に包囲されてはいたが……警察は決め手に欠いていた。

警官隊を指揮する二ノ宮大和(にのみややまと)警部は、緊張感のある現場で少し苛ついた様子を醸し出していた。

黒のスーツを身に纏い、ボサボサの髪を掻きむしりながら二ノ宮はぼやいた。

「金が集まる給料日を狙いやがって……しかも悠長にピザなんか要求するたぁ……ナメやがって……」

すると二ノ宮の部下でもある木下(きのした)刑事が、二ノ宮の元へと駆け寄ってきた。

「警部っ!」

「何だ?……」

「ピザが届きました……」

「そうか……犯人に連絡は?」

「先程連絡をしましたが……人質の一人が受け取りにくるようです」

「チッ……やはりそうきたか……。後は……犯人が約束通り一部の人質を解放するかどうか……」

「警部………」

二ノ宮は警官隊に指示を飛ばした。

「ピザの受け渡しをするっ!人質が解放されるまで、警戒は怠るなっ!!」

「はっ!!!」

二ノ宮の怒鳴りに警官隊の背筋が伸びる。

すると銀行正面入口のシャッター横の小さな扉から、スーツ姿の男が出てきた。

「けっ、警部っ!あれっ!」

焦った様子の木下に、二ノ宮は不快な表情をした。

「うろたえるなっ!受け取りに来た人質だろう……ピザを用意しろっ!」

二ノ宮は木下にピザを持たすと、木下を連れてその男の元へと向かった。木下は高く積み上げられたピザを、必死の形相で持ち、二ノ宮について行った。

二ノ宮は男の元へ行くと、その男のつま先から頭までをじっくりと観察した。

表情は人質になった恐怖心からか……緊張感があった。体にフィットしたスーツに整った頭髪……営業マンといったところだろう。

「人質の一人ですね……名前は?」

「えっ?あっ、はい……山本……山本大輔(やまもとだいすけ)です……犯人は私が妙な真似をすれば、人質を一人殺すと言っています……ピザを持って戻らないと、人質が……」

淡々とした二ノ宮の語り口調に、山本は少し戸惑いながらも、自分のおかれた状況を説明した。

二ノ宮は質問を続けた。

「わかりました……それでは、わかる範囲で結構です……いくつか質問を……」

「は、はい……」

「犯人は何名ですか?」

「犯人は3人で……それぞれ拳銃を持っています……」

「では人質の数は?」

「従業員と客を合わせて……約30人ほど……」

「犯人は何名か人質を解放すると言っていましたが……その雰囲気はありましたか?」

「は、はい……解放する人質の選別をしていたので……本当だと思います……」

二ノ宮は髪を掻きむしりながら呟いた。

「交渉の余地はあるか……」

すると部下の木下は苦しそうに言った。

「けっ……警部……」

「何だ?」

「ピザ……重いです……」

木下の情けない声に、二ノ宮はまたもや不快な表情をした。

「チッ…………。では山本さん……我々としては不本意ですがピザを持って戻って下さい……」

「はい……わ、わかりました……」

「それと……犯人に「次の要求」をするように言っておいていただきたい……」

山本は表情を強ばらせ、黙って頷いた。

山本がピザを受け取り、銀行に戻ろうとした時……二ノ宮は言った。

「あっ……それと、人質の様子は?」

「皆さん怯えていますよ……ただ、男が一人……騒いでいました」

「男が?」

怪訝な表情の二ノ宮に、山本は言った。

「わざわざ犯人を挑発したり……はっきり言って迷惑ですよ……」

山本はそう言い残して銀行に戻って行った。

「騒がしく、犯人を挑発する男……それにこの地域……まさか……」

二ノ宮はすぐにある人物と連想し、ニヤリとした。

「この事件……長丁場を覚悟していたが……意外と早く終わるかもしれんな……」



……Bar『桜』……



Barの店員秋本大貴(あきもとだいき)は、テーブル席でノートPCを弄りながら、店内の液晶テレビを視聴していた。

テレビでは朝から『東應(とうおう)銀行強盗事件』の中継がずっと放映されていた。

秋本は掛けている眼鏡を指で上げて、テレビとPCを交互に見ている。

すると店の2階から、眠たそうにアクビをしながら一人の女性が降りてきた。

「おはよっす……桜さん……」

「ふぁ~……おはよう……」

秋本に桜と呼ばれる女性は、十文字桜(じゅうもんじさくら)……この店の店主だ。

「また寝不足ですか?もう昼前っすよ」

「女は夜は忙しいの……文也は?まだ来てないの?」

桜はキャミソールにホットパンツ姿で、自慢の長いブロンドヘアーを掻き上げながら、冷蔵庫からオレンジジュースを取りだし、コップに注いだ。

その姿は色っぽく、大人の女性といった感じだ。

「文也さんなら……多分あそこっすよ……」

秋本はそういうと、テレビ画面を指差した。

秋本の仕草に、桜は状況を理解した。

「銀行にお金を引出しに行って……ああなったって事?」

「多分………」

「で?状況はどうなの?」

「膠着気味っすね……ネットでもこの話題で持ちっきりですよ」

秋本はテレビと、ネットを照らし合わせていたようだ。

「よほど計画に自信があるのね……」

「確かに……銀行強盗は成功率が低いっすからね……それをするって事は、余程の馬鹿か……自信があるかってとこっすかね」

「それにしても……文也もついてないわね……」

「朝から報酬を取りに行くって……ウハウハで銀行に行ったっす」

「はぁ~……で?秋本は何を調べているの?」

桜の問に秋本はニヤリとした。

「この銀行……なかなか面白いっすよ……」

「面白いって?何が?」

「噂っすけど……『裏貸金庫』があるって話です」

「裏って事は……正規の貸金庫とは別に、貸金庫があるって事?」

「そうっす……時価何千万の宝石や……金塊……」

桜はピンときた表情になった。

「なるほど……脱税などの裏金や盗品ね……で、その銀行に文也か……」

「強盗団が少し気の毒っす……」

秋本は文也の心配どころか、強盗団に同情している。

すると店の電話が鳴って、ジリリリリリッと、店内に響き渡った。

「もしもし……『桜』……ああ二ノ宮警部……」

桜が電話に出ると、二ノ宮からだった。

「えっ?文也?……戻って来てないわよ……」

『落ち着いて聞けよ……桜庭はおそらく東應銀行にいて……そこで人質になっている』

「でしょうね……」

『でしょうねって……知っていたのか?』

「ええ……テレビでやってるわ……銀行に行くって言っていたらしいから……」

『そういう事か……』

「で?何のよう?」

『いいか……お前ら妙な動きをするなよ……桜庭は俺達が必ず……』

ガチャンッ……桜は電話を一方的に切ってしまった。

「二ノ宮警部っすか?」

「そうよ……動くなって……」

「警部も心配性っすね……」



………銀行………



人質の山本がビザを持って銀行に戻ると、覆面男は約束通り人質数名を解放した。

支店長を連れて銀行の奥に行っていた覆面男も、目隠しをされた支店長を連れて戻ってきた。

鋭い奥に行っていた覆面男が、人質を見張っていた覆面男の耳元で何かを話している。

話を聞いた覆面男は警察に電話を掛けた。

数回呼び出しコールがなった後、相手が出たのか……覆面男は受話器に向かって話始めた。

「約束通り人質数名を解放した……次の要求を言う……」

覆面男の話を人質達は黙って聞いている。

「逃走用の小型ジェット機を用意しろ……そうすれば人質を解放してやる」

そう言うと覆面男は一方的に電話切ってしまった。

覆面男の無茶とも言える要求に銀行内はざわざわした。

「ジェット機って……」「それで逃げるのか?」「でもそれで解放されるなら……」「でも人質の全てとは……言ってないぞ……」などの様々な反応が飛び交う。

もちろんその場にいた三咲も複雑な反応をした。

「そんな無茶な要求を……」

「ふ~ん……なるほどね……」

三咲や他の人質の反応とは対照的に、文也は至って冷静だった。

そんな文也の反応にもだんだんと慣れてきたのか、三咲は文也の反応に驚いた様子は見せずに、聞いてみた。

「なるほどって……何がです?」

「お前……ジェット機なんて用意出来ると思うか?」

「その気になれば出来るんじゃ……」

「そうかも知れねぇが……仮に用意出来たとして、それで逃げ切れると思うか?」

文也の言葉に三咲はハッとした表情で、首を横にブンブン振った。

「逃げ切れません……」

文也はニヤリとした。

「だよなぁ……今の世の中空は全て監視されている……逃げ切れるわけがねぇ……だとすればこの要求は……『フェイク』……」

すると覆面男が人質達に向かって言った。

「お前ら……昼飯にピザでも食っておとなしくしていろっ!……心配しなくても、もうすぐ解放してやるよっ!へへへ……」

覆面男はピザを運んできた山本に、配るように指示をした。

山本は覆面男に言われるままピザを配り出した。

文也はピザを配る山本と、人質達をじっくりと観察している。

やがて山本は文也と三咲の前に現れて、皆と同じようにピザを配った。

「逃げなかったようだな……偉いえらい……」

文也はニヤニヤしながらピザを受け取り、山本に嫌味を言う……山本は文也の嫌味を聞いていない振りをした。

山本がピザを配り終えて、ようやく昼食をとることになった。しかし……状況が状況なので食事が喉を通る者も少なく、皆は相変わらず緊張感に支配されていた。

しかしそんな中でも、文也は美味しそうにピザを頬張っている。

三咲は呆れた様子で言った。

「こんな時によく食べれますね……」

「うるせぇよ……どんな状況でも減るもんは減るんだよ……お前、食わねぇならよこせよ……」

文也は心配そうな三咲をよそに、三咲からマルゲリータピザを奪って、口に入れた。

人質達が昼食をとるなか……三咲はあることに気がついた。

「さっきから覆面男の姿が見えないんですが……」

それを聞いた文也はニヤリとした。

「気づいたか?……とうとう動き出しやがった……」

「どういえ意味ですか?」

怪訝な表情の三咲に、文也は答えた。

「逃げたんだよ……」

三咲は目を丸くした。

「逃げた?……どこに?」

「さぁな……しかしまだ近くにはいる……」

「言ってる意味がわからないんですけど……」

もし文也の言っている事が本当なら……警察が踏み込むチャンスだが……文也は動こうとせずに、どこか一点をずっと見つめている。

「あの~……桜庭さん?」

すると文也は呟いた。

「『耳』の文字が消えた……今だな……」

すると文也は立ち上がり、カウンターにある電話機まで一直線に向かった。

周りの人質達は文也の行動をざわざわしながら見ている。

文也が受話器にてを掛けたときに、ピザを持ってきた山本が文也に言った。

「きっ、君っ!いったい何を?」

「あん?警察に連絡をするんだよ……」

文也の言葉に銀行内は一気に騒然となった。

「警察にだって!?」「犯人にばれたら……」「そう言えば犯人達がいないぞ?」「戻ってきたら殺される……」

山本は言った。

「君っ!いい加減にしろっ!さっきからなんなんだっ!」

怒りの形相の山本は続けて文也に言った。

「君の身勝手な行動が……皆を危険なめに遭わすんだぞっ!」

山本の言葉に三咲は黙って何度も頷いた。

すると文也はニヤリとした。

「だったら止めてみな……その懐に隠し持っている……拳銃でな……」

文也の言葉に人質達は目を丸くしたが……山本の表情だけは明らかに違っていた。

「いっ……いきなり、何を……」

山本は明らかに動揺していた。

文也は言った。

「お前は今思っている……『どうしてわかった!?』と……」

「………!?………」

山本は絶句した。

文也はさらに言った。

「さらにお前は『なんなんだこいつは!?』と思っている……」

「なんなんだ……お前は!?……」

山本の動揺している様子を見て、文也は満足そうな表情をしている。

文也は薄ら笑いを浮かべた。

「………桜庭文也………ただの探偵さ……」

「ただの……探偵だと?……」

文也の正体に、山本はただ目を丸くした。

すると人質達が見守る中、文也は言った。

「実に面白い計画だったけど……運がなかったな……」

「何の……話だ?……」

山本は惚けているが……文也は続けた。

「あんたからは……浮かばなかったんだよな……恐怖に関わる『文字』が……」

「文字?何の話だ?」

山本は当然、文也の言葉の意味を理解していない。

「恐怖心のない人質なんていないからな……おかしいと思ったんだ。でもすぐに納得したよ……あんたからは覆面男と同じ『文字』が浮かんだんだよね……『計』と『緊』……すなわちそれは、計画と、それを実行するにあたっての緊張感……」

山本の額からは汗が浮き出て、それが頬をつたい顎まできていた。

文也は言った。

「さぁ……観念して拳銃を出しな……」

山本は気でもふれたのか、文也の言葉に今度は不気味に笑いだした。

「く、くくくく……おとなしくしておけば良かったものの……」

すると山本は懐から拳銃を取り出して、それを文也に向けた。

その様子に人質の群れから、複数の悲鳴が飛んだ。

「キャーーーーッ!!」「けっ、拳銃だっ!」「ヒィーーーッ!」

人質達は再び恐怖に教われ、皆は恐ろしそうな表情をしている。勿論三咲も例外ではなく、恐怖で表情を歪めていた。

しかし……文也だけは違った……文也だけは変わらず不敵な笑みを浮かべて、山本を見下すように見ていた。

そんな文也に山本は当然のように、不快感を露にする。

「貴様っ!これはオモチャじゃねぇぞっ!」

しかし山本の恫喝にも、文也は動じない。

「知ってるよ……本物だろ?それ……」

「なっ、何なんだ?……お前は……」

拳銃を持った山本が、拳銃を持たない文也に気圧されている。それを見ていた三咲も、どこか文也に恐怖を覚えた。

すると文也は言った。

「ゲームオーバーだぜ……何故なら人質の中に警察が紛れているから……」

「……何っ!?……」

山本は一瞬文也から目をそらし……人質の群れを見た。

人質の群れには、従業員と老人……若い女……それらしき者は見当たらなかったが……山本の頭からは文也の言葉が離れなかった。


………いるのか?………この中に………警察が………


この山本の思考が、山本自身に隙を与えた……それを文也は見逃さなかった。

文也はすかさず山本の腕を取って、拳銃を持つ手に目掛けて、飛び膝蹴りをかまして、拳銃を弾き飛ばし……山本の手を固定したまま、肘鉄を山本の顔面に炸裂させた。

山本はそのまま後方に吹き飛ばされて、受付カウンターに背中を強打させ、そのままぐったりした。

文也は倒れた山本を見下すように言った。

「いるわけねぇだろ……警察なんて……バカかっ……」


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