③
………銀行前………
銀行前は警官隊や報道陣……そして多くの野次馬達によって騒然としていた。
警察車両や報道陣の車両により銀行は完全に包囲されてはいたが……警察は決め手に欠いていた。
警官隊を指揮する二ノ宮大和警部は、緊張感のある現場で少し苛ついた様子を醸し出していた。
黒のスーツを身に纏い、ボサボサの髪を掻きむしりながら二ノ宮はぼやいた。
「金が集まる給料日を狙いやがって……しかも悠長にピザなんか要求するたぁ……ナメやがって……」
すると二ノ宮の部下でもある木下刑事が、二ノ宮の元へと駆け寄ってきた。
「警部っ!」
「何だ?……」
「ピザが届きました……」
「そうか……犯人に連絡は?」
「先程連絡をしましたが……人質の一人が受け取りにくるようです」
「チッ……やはりそうきたか……。後は……犯人が約束通り一部の人質を解放するかどうか……」
「警部………」
二ノ宮は警官隊に指示を飛ばした。
「ピザの受け渡しをするっ!人質が解放されるまで、警戒は怠るなっ!!」
「はっ!!!」
二ノ宮の怒鳴りに警官隊の背筋が伸びる。
すると銀行正面入口のシャッター横の小さな扉から、スーツ姿の男が出てきた。
「けっ、警部っ!あれっ!」
焦った様子の木下に、二ノ宮は不快な表情をした。
「うろたえるなっ!受け取りに来た人質だろう……ピザを用意しろっ!」
二ノ宮は木下にピザを持たすと、木下を連れてその男の元へと向かった。木下は高く積み上げられたピザを、必死の形相で持ち、二ノ宮について行った。
二ノ宮は男の元へ行くと、その男のつま先から頭までをじっくりと観察した。
表情は人質になった恐怖心からか……緊張感があった。体にフィットしたスーツに整った頭髪……営業マンといったところだろう。
「人質の一人ですね……名前は?」
「えっ?あっ、はい……山本……山本大輔です……犯人は私が妙な真似をすれば、人質を一人殺すと言っています……ピザを持って戻らないと、人質が……」
淡々とした二ノ宮の語り口調に、山本は少し戸惑いながらも、自分のおかれた状況を説明した。
二ノ宮は質問を続けた。
「わかりました……それでは、わかる範囲で結構です……いくつか質問を……」
「は、はい……」
「犯人は何名ですか?」
「犯人は3人で……それぞれ拳銃を持っています……」
「では人質の数は?」
「従業員と客を合わせて……約30人ほど……」
「犯人は何名か人質を解放すると言っていましたが……その雰囲気はありましたか?」
「は、はい……解放する人質の選別をしていたので……本当だと思います……」
二ノ宮は髪を掻きむしりながら呟いた。
「交渉の余地はあるか……」
すると部下の木下は苦しそうに言った。
「けっ……警部……」
「何だ?」
「ピザ……重いです……」
木下の情けない声に、二ノ宮はまたもや不快な表情をした。
「チッ…………。では山本さん……我々としては不本意ですがピザを持って戻って下さい……」
「はい……わ、わかりました……」
「それと……犯人に「次の要求」をするように言っておいていただきたい……」
山本は表情を強ばらせ、黙って頷いた。
山本がピザを受け取り、銀行に戻ろうとした時……二ノ宮は言った。
「あっ……それと、人質の様子は?」
「皆さん怯えていますよ……ただ、男が一人……騒いでいました」
「男が?」
怪訝な表情の二ノ宮に、山本は言った。
「わざわざ犯人を挑発したり……はっきり言って迷惑ですよ……」
山本はそう言い残して銀行に戻って行った。
「騒がしく、犯人を挑発する男……それにこの地域……まさか……」
二ノ宮はすぐにある人物と連想し、ニヤリとした。
「この事件……長丁場を覚悟していたが……意外と早く終わるかもしれんな……」
……Bar『桜』……
Barの店員秋本大貴は、テーブル席でノートPCを弄りながら、店内の液晶テレビを視聴していた。
テレビでは朝から『東應銀行強盗事件』の中継がずっと放映されていた。
秋本は掛けている眼鏡を指で上げて、テレビとPCを交互に見ている。
すると店の2階から、眠たそうにアクビをしながら一人の女性が降りてきた。
「おはよっす……桜さん……」
「ふぁ~……おはよう……」
秋本に桜と呼ばれる女性は、十文字桜……この店の店主だ。
「また寝不足ですか?もう昼前っすよ」
「女は夜は忙しいの……文也は?まだ来てないの?」
桜はキャミソールにホットパンツ姿で、自慢の長いブロンドヘアーを掻き上げながら、冷蔵庫からオレンジジュースを取りだし、コップに注いだ。
その姿は色っぽく、大人の女性といった感じだ。
「文也さんなら……多分あそこっすよ……」
秋本はそういうと、テレビ画面を指差した。
秋本の仕草に、桜は状況を理解した。
「銀行にお金を引出しに行って……ああなったって事?」
「多分………」
「で?状況はどうなの?」
「膠着気味っすね……ネットでもこの話題で持ちっきりですよ」
秋本はテレビと、ネットを照らし合わせていたようだ。
「よほど計画に自信があるのね……」
「確かに……銀行強盗は成功率が低いっすからね……それをするって事は、余程の馬鹿か……自信があるかってとこっすかね」
「それにしても……文也もついてないわね……」
「朝から報酬を取りに行くって……ウハウハで銀行に行ったっす」
「はぁ~……で?秋本は何を調べているの?」
桜の問に秋本はニヤリとした。
「この銀行……なかなか面白いっすよ……」
「面白いって?何が?」
「噂っすけど……『裏貸金庫』があるって話です」
「裏って事は……正規の貸金庫とは別に、貸金庫があるって事?」
「そうっす……時価何千万の宝石や……金塊……」
桜はピンときた表情になった。
「なるほど……脱税などの裏金や盗品ね……で、その銀行に文也か……」
「強盗団が少し気の毒っす……」
秋本は文也の心配どころか、強盗団に同情している。
すると店の電話が鳴って、ジリリリリリッと、店内に響き渡った。
「もしもし……『桜』……ああ二ノ宮警部……」
桜が電話に出ると、二ノ宮からだった。
「えっ?文也?……戻って来てないわよ……」
『落ち着いて聞けよ……桜庭はおそらく東應銀行にいて……そこで人質になっている』
「でしょうね……」
『でしょうねって……知っていたのか?』
「ええ……テレビでやってるわ……銀行に行くって言っていたらしいから……」
『そういう事か……』
「で?何のよう?」
『いいか……お前ら妙な動きをするなよ……桜庭は俺達が必ず……』
ガチャンッ……桜は電話を一方的に切ってしまった。
「二ノ宮警部っすか?」
「そうよ……動くなって……」
「警部も心配性っすね……」
………銀行………
人質の山本がビザを持って銀行に戻ると、覆面男は約束通り人質数名を解放した。
支店長を連れて銀行の奥に行っていた覆面男も、目隠しをされた支店長を連れて戻ってきた。
鋭い奥に行っていた覆面男が、人質を見張っていた覆面男の耳元で何かを話している。
話を聞いた覆面男は警察に電話を掛けた。
数回呼び出しコールがなった後、相手が出たのか……覆面男は受話器に向かって話始めた。
「約束通り人質数名を解放した……次の要求を言う……」
覆面男の話を人質達は黙って聞いている。
「逃走用の小型ジェット機を用意しろ……そうすれば人質を解放してやる」
そう言うと覆面男は一方的に電話切ってしまった。
覆面男の無茶とも言える要求に銀行内はざわざわした。
「ジェット機って……」「それで逃げるのか?」「でもそれで解放されるなら……」「でも人質の全てとは……言ってないぞ……」などの様々な反応が飛び交う。
もちろんその場にいた三咲も複雑な反応をした。
「そんな無茶な要求を……」
「ふ~ん……なるほどね……」
三咲や他の人質の反応とは対照的に、文也は至って冷静だった。
そんな文也の反応にもだんだんと慣れてきたのか、三咲は文也の反応に驚いた様子は見せずに、聞いてみた。
「なるほどって……何がです?」
「お前……ジェット機なんて用意出来ると思うか?」
「その気になれば出来るんじゃ……」
「そうかも知れねぇが……仮に用意出来たとして、それで逃げ切れると思うか?」
文也の言葉に三咲はハッとした表情で、首を横にブンブン振った。
「逃げ切れません……」
文也はニヤリとした。
「だよなぁ……今の世の中空は全て監視されている……逃げ切れるわけがねぇ……だとすればこの要求は……『フェイク』……」
すると覆面男が人質達に向かって言った。
「お前ら……昼飯にピザでも食っておとなしくしていろっ!……心配しなくても、もうすぐ解放してやるよっ!へへへ……」
覆面男はピザを運んできた山本に、配るように指示をした。
山本は覆面男に言われるままピザを配り出した。
文也はピザを配る山本と、人質達をじっくりと観察している。
やがて山本は文也と三咲の前に現れて、皆と同じようにピザを配った。
「逃げなかったようだな……偉いえらい……」
文也はニヤニヤしながらピザを受け取り、山本に嫌味を言う……山本は文也の嫌味を聞いていない振りをした。
山本がピザを配り終えて、ようやく昼食をとることになった。しかし……状況が状況なので食事が喉を通る者も少なく、皆は相変わらず緊張感に支配されていた。
しかしそんな中でも、文也は美味しそうにピザを頬張っている。
三咲は呆れた様子で言った。
「こんな時によく食べれますね……」
「うるせぇよ……どんな状況でも減るもんは減るんだよ……お前、食わねぇならよこせよ……」
文也は心配そうな三咲をよそに、三咲からマルゲリータピザを奪って、口に入れた。
人質達が昼食をとるなか……三咲はあることに気がついた。
「さっきから覆面男の姿が見えないんですが……」
それを聞いた文也はニヤリとした。
「気づいたか?……とうとう動き出しやがった……」
「どういえ意味ですか?」
怪訝な表情の三咲に、文也は答えた。
「逃げたんだよ……」
三咲は目を丸くした。
「逃げた?……どこに?」
「さぁな……しかしまだ近くにはいる……」
「言ってる意味がわからないんですけど……」
もし文也の言っている事が本当なら……警察が踏み込むチャンスだが……文也は動こうとせずに、どこか一点をずっと見つめている。
「あの~……桜庭さん?」
すると文也は呟いた。
「『耳』の文字が消えた……今だな……」
すると文也は立ち上がり、カウンターにある電話機まで一直線に向かった。
周りの人質達は文也の行動をざわざわしながら見ている。
文也が受話器にてを掛けたときに、ピザを持ってきた山本が文也に言った。
「きっ、君っ!いったい何を?」
「あん?警察に連絡をするんだよ……」
文也の言葉に銀行内は一気に騒然となった。
「警察にだって!?」「犯人にばれたら……」「そう言えば犯人達がいないぞ?」「戻ってきたら殺される……」
山本は言った。
「君っ!いい加減にしろっ!さっきからなんなんだっ!」
怒りの形相の山本は続けて文也に言った。
「君の身勝手な行動が……皆を危険なめに遭わすんだぞっ!」
山本の言葉に三咲は黙って何度も頷いた。
すると文也はニヤリとした。
「だったら止めてみな……その懐に隠し持っている……拳銃でな……」
文也の言葉に人質達は目を丸くしたが……山本の表情だけは明らかに違っていた。
「いっ……いきなり、何を……」
山本は明らかに動揺していた。
文也は言った。
「お前は今思っている……『どうしてわかった!?』と……」
「………!?………」
山本は絶句した。
文也はさらに言った。
「さらにお前は『なんなんだこいつは!?』と思っている……」
「なんなんだ……お前は!?……」
山本の動揺している様子を見て、文也は満足そうな表情をしている。
文也は薄ら笑いを浮かべた。
「………桜庭文也………ただの探偵さ……」
「ただの……探偵だと?……」
文也の正体に、山本はただ目を丸くした。
すると人質達が見守る中、文也は言った。
「実に面白い計画だったけど……運がなかったな……」
「何の……話だ?……」
山本は惚けているが……文也は続けた。
「あんたからは……浮かばなかったんだよな……恐怖に関わる『文字』が……」
「文字?何の話だ?」
山本は当然、文也の言葉の意味を理解していない。
「恐怖心のない人質なんていないからな……おかしいと思ったんだ。でもすぐに納得したよ……あんたからは覆面男と同じ『文字』が浮かんだんだよね……『計』と『緊』……すなわちそれは、計画と、それを実行するにあたっての緊張感……」
山本の額からは汗が浮き出て、それが頬をつたい顎まできていた。
文也は言った。
「さぁ……観念して拳銃を出しな……」
山本は気でもふれたのか、文也の言葉に今度は不気味に笑いだした。
「く、くくくく……おとなしくしておけば良かったものの……」
すると山本は懐から拳銃を取り出して、それを文也に向けた。
その様子に人質の群れから、複数の悲鳴が飛んだ。
「キャーーーーッ!!」「けっ、拳銃だっ!」「ヒィーーーッ!」
人質達は再び恐怖に教われ、皆は恐ろしそうな表情をしている。勿論三咲も例外ではなく、恐怖で表情を歪めていた。
しかし……文也だけは違った……文也だけは変わらず不敵な笑みを浮かべて、山本を見下すように見ていた。
そんな文也に山本は当然のように、不快感を露にする。
「貴様っ!これはオモチャじゃねぇぞっ!」
しかし山本の恫喝にも、文也は動じない。
「知ってるよ……本物だろ?それ……」
「なっ、何なんだ?……お前は……」
拳銃を持った山本が、拳銃を持たない文也に気圧されている。それを見ていた三咲も、どこか文也に恐怖を覚えた。
すると文也は言った。
「ゲームオーバーだぜ……何故なら人質の中に警察が紛れているから……」
「……何っ!?……」
山本は一瞬文也から目をそらし……人質の群れを見た。
人質の群れには、従業員と老人……若い女……それらしき者は見当たらなかったが……山本の頭からは文也の言葉が離れなかった。
………いるのか?………この中に………警察が………
この山本の思考が、山本自身に隙を与えた……それを文也は見逃さなかった。
文也はすかさず山本の腕を取って、拳銃を持つ手に目掛けて、飛び膝蹴りをかまして、拳銃を弾き飛ばし……山本の手を固定したまま、肘鉄を山本の顔面に炸裂させた。
山本はそのまま後方に吹き飛ばされて、受付カウンターに背中を強打させ、そのままぐったりした。
文也は倒れた山本を見下すように言った。
「いるわけねぇだろ……警察なんて……バカかっ……」