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文字語(もじがたり)  作者: 陽芹 孝介
第一章 文字は語る
3/4

銀行内は隔離されており、外の様子は目ではわからなかったが……警察が到着したのがすぐにわかった。サイレン音が聞こえてきたからである。

「来やがったか……」

覆面男の一人がそう言うと、銀行内にいた人質達はざわつき始めた。

「警察が来てくれたんだっ!」「助かるのか?」「トイレに行きたい……」

すると銀行内の電話が鳴り響いた。


プルルルルルルッ……プルルルルルルッ……プルルルルルルッ……ガチャッ……。


覆面男の一人が電話に出た。

「これから最初の要求を言う……これに対応すれば……そうだな、人質を数人解放してやる」

覆面男のその言葉に、人質達は再びざわざわしだした。

「いっ、今……解放って言わなかったか?」「まさか……聞き間違いじゃ……」「いやっ!確かに解放って言ったぞ……」「トイレに行きたい……」

覆面男は人質の反応を見て、ニヤリとした。

「へへっ……それじゃあ、要求を言う……『宅配ピザ』を20人前持ってこい……時間は、1時間待ってやる。それと複数の店はダメだ……一件の店で20人前だ」

覆面男はそう言うと、一方的に電話を終えた。

………『宅配ピザ』………覆面男の要求に、銀行内にいた人質達は、皆目を丸くした。

「『宅配ピザ』って……お腹でも空いているのですか?……」

皆と同じように、目を丸くしている三咲は文也に言った。

「ククク……なるほどな……」

三咲や他の人質達とは対照的に、文也はニヤニヤしている。

三咲は怪訝な表情で言った。

「何が可笑しいんですか?……」

「さっき言ったろ?時間稼ぎをするって……」

「そうですけど……ピザで時間稼ぎ?」

三咲は不思議そうな表情をしており、文也はそれにイラついた感じで言った。

「チッ……察しの悪い奴だな……覆面男はピザを1時間以内に20人前を用意しろって言ったんだ」

「それが?……」

「複数の店舗を使えば……20人前のピザを用意するのは容易いが……覆面男は『1店舗』で用意しろと言った。明らかに矛盾している」

三咲はポンと手を叩いた。

「なるほど……」

「覆面男は1時間以内にピザを用意できないのが、わかって要求してるんだよ」

「つまり覆面男達は……それほど警察に時間稼ぎしてると、思われたくない……って事ですか?」

「そう言う事だ……さらに言うと、時間さえあれば計画は成功するって事だ」

少し納得した様子だった三咲だったが……すぐに首を傾げた。

「でも……こういう計画って、普通は時間との勝負で段取り良く行うものなんじゃ?」

三咲の疑問に、文也はニヤリとした。

「なかなかいい所を……ついてくるじゃねぇか……」

「えへ……そうですかぁ?……私こう見えてもジャーナリストですから……」

「へぇー……確かに見えない。ただの情緒不安定のバカだと思った」

「キィーーーッ!どういう意味ですかっ!?」

三咲がプンスカ怒っていると、覆面男の一人が三咲を威嚇した。

「うるせぇぞっ!またお前かっ!ぶっ殺すぞっ!!」

「ひぃーーっ!すいませんっ!」

覆面男の恫喝に、三咲は両手で頭を抱えた。

「騒がしい女だな……」

呆れた様子の文也を、三咲は睨んだ。

「貴方が私を怒らせてるんでしょっ!それより、さっきの疑問に答えて下さいっ!」

「あー……時間稼ぎの事か……。確かに時間は必要だが……無制限って訳じゃねぇ。だから……夏川って言ったか?お前の言う事もあながち間違いじゃねぇ」

「時間は必要だけど……急いでる?矛盾してません?」

三咲はチンプンカンプンな表情をしている。

「矛盾しているようで……矛盾はしてねぇ……つまり、この計画を成功させるには……『◯◯時間できっちり終わらせる』って事が重要なんだ。それは少なくてもダメだし、多くてもダメだ。だから無理な要求で時間を調整してんだよ」

「……………貴方……凄いですねぇ………」

三咲は目を丸くして、文也を見ている。感心しているようだ。

すると覆面男が動き出した。

「聞けっ!ピザが届いたら……人質を一部解放してやる。まずは10人解放する」

再び銀行内はざわざわし始めた。

銀行内の人質達がざわついたのは当然だった。

………助かるかもしれない………皆そう思ったに違いない……そうそう起こる事のない、この緊張感のある状況から脱する可能性があるのだから……。

もちろん三咲もその一人だったが……三咲の期待とは裏腹に、文也はニヤニヤしながら首を横に振った。

「お前……「私は助かる」とか思ってねぇだろうな?」

「えっ!?」

「だとすれば……甘いあまい……」

「どっ、どういう意味ですかっ!?」

文也の物言いに、三咲はムッとした表情になった。

「覆面男達が人質を解放するのは……嘘じゃねぇのは確かだ。警察に交渉の余地があると、思わせるためにも……人質は解放するだろう……しかし……」

「しかし……何ですか?」

「解放するのは老人や子供……つまり俺達のような若者は解放しない……」

「わかってますぅ~!わかってますけど……」

三咲は泣きそうな表情になっている。三咲もわかっていたのだ……自分は解放の対象外だと……しかしこの命が関わる、緊張感中で、例え可能性が皆無に近くとも、それにすがるしかなかった。

「よくわかってるじゃねぇか……人質を抱えながら逃走する可能性が有る限り……老人や子供は足手まといになるからな……」

三咲が泣きそうな表情をしているにも関わらず、文也の言葉は容赦がなかった。

「どうしてこんな事に……」

くじけそうな三咲に、文也は不愉快な表情をした。

「何を死んだような顔をしてやがる……話しは終わってねぇ……」

「何の話しなんですかぁ?これ以上私を追い詰めないで下さい……うう……」

項垂れた三咲に、文也は呆れて言った。

「喜怒哀楽の激しい奴だな……」

「ほっといて下さい……うう……」

「心配すんな……誰も死なないし、死なせやしねぇよ……」

「何を言ってるんですか?……」

文也のその一言に、三咲は目を丸くした。

すると覆面男の一人が人質達に言った。

「今から解放する人質を選別する……呼ばれた者は出てこいっ!」

覆面男は拳銃を構えながら、人質の群の最前列の老夫婦と、その後ろにいる子連れの女性……そして年輩の銀行員の男女それぞれ一人づつ呼んだ。

「おい……そこのお前……前に出ろっ!」

解放される人質6人の他に、先程覆面男に文句を言っていた、スーツ姿の男性客が覆面男に呼ばれた。

「な、何だ?……私も解放されるのか?」

「そうじゃない……もうすぐピザが届く……お前受け取りに行け」

「どうして私が?……君達が取りに行けばいいだろ!?」

動揺している男性客を気にせず、覆面男は言った。

「バカかお前……俺達が行けば捕まるリスクもあるし、下手をすれば発砲される……お前ならそんな心配はねぇだろ」

すると覆面男は側にいた女性従業員を捕まえて、その女性に銃口を向けた。

「ただし……逃げようとすれば、この女が死ぬことになるがな……」

「ひっ!ひぃーーっ!!」

女性従業員は覆面男の銃口に怯えきった様子だ。

「くっ!卑怯な……わかった、ピザを受け取る……逃げもしない。だから乱暴はよせ」

覆面男と男性客のやり取りを見ていた三咲は、感心そうに呟いた。

「あの人……正義感がありますね……」

すると文也はいきなり立ち上がった。

「ちょっと待ったぁーっ!」

大声を発しながら立ち上がった文也は、もちろん銀行内の人質や覆面男の、視線の的になった。

「てっ、テメェ……何勝手に立ってやがるっ!」

覆面男もいきなりの事で、多少は動揺したようだが……すぐに文也に対して恫喝した。

しかし文也は怯む事なく言った。

「テメェらが指定した、そのスーツ姿の男……俺達を見捨てて逃げるなんてこたぁ、ねぇだろなぁ?」

文也の言葉に男性客は、ムッとした表情になった。

「きっ、君っ!……バカな事を言うなっ!目の前で女性が、銃口を突き付けられてるんだぞっ!」

怒った男性客の言葉を、聞いているのかいないのか……文也はぐっと眼を閉じて、そして力強く眼を開き、回りを見渡した。

「君っ!私の話を聞いているのかっ!?」

文也は男性客を見てニヤリとした。

「へっ……あんたにその女を救う義理はねぇはずだが?」

眼光の鋭い文也の眼に、男性客は少し怯んだ様子になった。

「まぁいいや……おいっ!覆面男、そいつが一人で逃げないようにしろよっ!」

「うるせぇっ!なんなんだテメェ……ぶっ殺すぞ!さっさと座れっ!」

「へいへい……わかりましたよ」

文也は悪態をつきながら、おとなしく座った。

文也が座ると、すぐさま三咲は文也に言った。

「何やってんですかぁっ!?……強盗犯を挑発して……どういうつもりなんですっ!?」

文也は再びポケットから目薬を取り出して、それを眼に垂らした。

「くぅ~っ!きくぅ~っ!」

「聞いてるんですかっ!?」

文也は眉間にシワをよせて、三咲に悪態をついた。

「チッ……いちいち五月蝿い女だな……怒るか泣くか……どっちかにしろよ」

文也の言うように、先程まで泣きそうな表情だった三咲は、文也に対して怒った表情をしている。

「貴方のせいでしょっ!!……それに何のつもりですか?」

「別に……ここにいる人間の『文字』を見たかっただけだ……」

先程から出てくる『文字』というフレーズに、三咲は不可解な表情をした。

「さっきから『文字』とか……見えるとか……何の話です」

「お前……利き手はどっちだ?」

「利き手?……手の話をしてるんじゃ……」

「いいから……利き手はどっちだよ?」

「み……右ですけど……」

三咲は怪訝な表情で、右手を文也に差し出した。特に汚れた様子もなく、綺麗な手をしていた。

すると文也は先程と同じように眼をぐっと閉じ……そして三咲の右掌に向けて、眼を見開いた。

三咲は怪訝な表情で言った。

「あのぉ~……何を?……」

「朝食にパンを食べて、バイクで通勤したな?」

思わず三咲は背筋を凍りつかせた……文也の言うように、確かに三咲は朝に食パンを食べて、バイクで通勤していた。

「な……なんで?……えっ?えっ?」

目を丸くした三咲に対して、文也は「ふぅ」と息をはいて言った。

「お前の手の記憶を……『文字』から読み取った……」

「はぁっ!?」

意味がわからないと言った様子の三咲に、文也は説明をした。

「俺の眼は……物や人、場所の記憶を……そこから浮き出てくる『文字』によって読み取る事ができる」

「も……じ?……」

「説明はしたぜ……信じるか信じないかは……好きにしろ……」

三咲は混乱した……。先程から文也が言っている『文字が見える』という意味は……こういう事だったのか?と……にわかに信じ難い話だが、先程からの文也の言動と、三咲に対しての言葉……。

「なんなの?……この(ひと)……」

三咲はそう呟いて、ブルッと体を震わせた。

気持ち悪さに体を震わせた三咲だったが、ある疑問が頭をよぎった。

「あのぉ~……それじゃあ私の手には、何の文字が浮かんだんですか?」

「『麦』と『(ひねる)』……」

文也のいう二つの文字に、三咲は首を傾げた。

「『麦』はパンを指している……麦を使う食材は多数あるけど……『箸』の文字が浮かんでなかったから、手でつかんで食べる物……すなわちパンだ」

「な、なるほど……具体的に食べているのが、見えるわけじゃないんだ……」

「俺が見えるのは……ヒントみたいなもんだ。あとはそれを頼りに推理するだけだ」

「じゃあ……『捻』は、バイクのアクセルを捻るって意味ですか?」

「ああ……バイクのアクセルは右ハンドルについているからな……朝から捻るっていったら、バイクのアクセルくらいだろ」

「信じられない話ですけど……凄いですね……はっ!」

三咲は話の途中で両手で体を隠した。

文也は怪訝な表情で言った。

「どうした?」

「その話がほんとなら……私は裸も同然でしょっ!?……スリーサイズとか全部バレますぅ~」

三咲は顔を真っ赤にしていたが……文也は呆れた様子で言った。

「心配すんな……常に見えるわけじゃねぇ……それにお前の貧相な体にも興味はねぇよ」

「ひっ!貧相!?……失礼なっ!」

三咲は顔を真っ赤にしたまま、文也を睨み付けた。

「確かに私はスレンダーボディではないですけど……貧相って……」

「気にしてんのか?」

「気にしてますよっ!……それより、他に何の文字が見えたんですか?」

「お前のか?」

「他の人ですっ!!」

おちょくった様子の文也に、三咲の表情は怒りに満ちている。

「人質は皆『恐』『緊』などの文字が浮き出ていた……恐怖や緊張感に覆われている事が伺える……お前からもな」

文也は目線を三咲に向けた。文也が言うように三咲も命の危険を感じて、恐怖していた。

「そしてさっきも言ったけど……覆面男に殺意はない。やつらにあるのは『計』の文字……おそらく計画の事で頭がいっぱいなんだろな……おかけで殺意を示す文字が一つもなかった」

「それで殺意がないと思ったんですか?」

文也は首を横に振った。

「それだけじゃねぇ……」

「それだけじゃない?どういう事ですか?」

「覆面男は3人いて、拳銃も3丁あるが……その内の2丁は偽物だ」

「にっ!偽………!?」

三咲が言い切る前に、文也は三咲の口を手で抑えた。

「うううっ!……ふぐふぐっ!」

口を手で抑えられている三咲は悶絶し、文也は小声で言った。

「しっ!……滅多な事を言うな……1丁は本物だ……」

三咲は口を抑えられたまま、何度も頷いた。

「とにかく……もうすぐピザが届く……その後、奴らがどう動くか……」

「様子を見るしかないって事ですか?」

「そう言う事だ……でも、大方の見当はついてきたぜ」

「どういう事ですか?」

文也はニヤリとした。

「どういう計画かをだよ……」

三咲は目を丸くした。

「計画……この強盗のですか?」

「まぁな……覆面男達が動くのは……ピザが届いて、次の要求をした時だ」

「次の要求?どういう意味ですか?」

「まぁ見てな……すぐにわかる……」

ニヤリとした文也を見て三咲は思った……危機的状況になんら変わりのないこの状況で、文也は何故にここまで余裕な態度をとれるのかと……。

だが……今日初めて出会ったこの男の言葉は……何故か納得し、話を聞き入ってしまう不思議な魅力があった。

おかけで少しだったが、三咲は他の人質客とは違い不安を和らげる事ができた。

すると……文也の言う『覆面男達が動く時』が訪れた。

それは銀行内の電話の音により知ることができた。

覆面男の一人がその電話にでた。

「もしもし……そうか……わかった……今取りに行かす……妙な真似をしたら………人質を一人殺す……」

覆面男はそうやって物騒な事を言って、電話を終えた。


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