8:朝九時、待ち合わせ。
ニーソックスに足を通し、黒のショートパンツを履く。上は小花柄のチュニック。その上からクリーム色のパーカーを羽織り、あたしは鏡の前に立った。
四月二六日。
佐村と出かける日。
微妙におしゃれしようとしてる自分にあきれて、ため息が出る。佐村相手に、なんで小花柄のチュニックなんて女らしい柄を選んでんだ。
もっとシンプルな格好をしようとして、やめる。
また服装を考えるのもめんどくさい。
マスカラを塗り、淡いピンク色のリップをつけて、準備は終わった。
待ち合わせの時間は九時。まだ余裕がある。
自分が何を考えているのか、わからない。
佐村の誘いに乗り、出かけようとしてる。
別に好きでもない、佐村と。
でも、佐村はあたしに好意を抱いているのかもしれないのだ。
――いや、あれはからかっているだけだ。
からかっているだけ? からかっているだけで、本当にデートみたいな真似をするか?
それは、あたしにも言えること。
好きでもない佐村とデートをしようとしてるんだ。
誰かと手をつなぐことさえ恐れをなしている、このあたしが。
でも、好きじゃない男の子と二人で遊ぶ女の子だって普通にいる。
だから、おかしなことじゃない。
……だけど、あたしにとっては、ありえないことだ。
たぶん。
あたしは刺激がほしいんだと思う。
平坦な道をぶらぶらと手持ち無沙汰に歩いている今の現状が嫌で、何か、自分を変えてくれるような突飛な出来事を求めているんだと思う。
受験だとか将来だとか、そんなもんを考えなくてすむような、頭の中のもやもやを吹き飛ばしてくれるような突風が吹くことを期待してるんだと思う。
佐村があたしにそれを与えてくれるかどうかなんて、わかんないけど。
部屋の机の上に置いた佐村からの手紙に視線を落とす。パール色したお気に入りのピルケースの中に閉まっておいた、あの手紙。
――あの手紙が。
『どこかに行こうか』
「意外と、殺し文句だね」
あたしの心は、この言葉に穿たれた。
だって、しょうがないじゃない。
あたしはどこかに行きたいと、願っていた。
その願いを叶えてくれるんだから。
少しだけ早くなる、心臓。
沸き起こる、高揚感。
不安と期待が入り乱れた、心。
こんな気持ちは、一体いつぶりなんだろう。
もしかしたら、小学生の遠足くらいまでさかのぼらないといけないかもしれない。
桜色のショルダーバッグをつかみ、立ち上がる。
ほんの少し、軽く感じる足取りで、あたしは待ち合わせの駅へと歩き出した。
***
九時より二、三分遅れて、待ち合わせ場所に着く。
みどりの窓口の前で待ち合わせしたのだが、佐村らしい人影は見えない。
休日の駅は賑わいがあり、たくさんの人が行き交っている。
みどりの窓口を待ち合わせに使う人は多く、あたりをきょろきょろしたり、ケータイを眺めて暇つぶししたりして待つ人が何人もいた。
その中に紛れてしまわないように、はじっこに立ち、佐村を探すが、駅の改札から出てくる人ごみに佐村の姿は見えない。
少し、緊張する。
二年の時から佐村とは同じクラスだけど、こうやって私服で会ったことはない。
ああ、二年の時、文化祭の打ち上げでクラスで集合した時は、全員私服だった。でも佐村の服装なんて覚えてない。
あたしにとって、佐村は意識の外にいつもいる、クラスメートのひとりでしかなかったんだ。
クラスの中心にいる佐村を、クラスのはじっこから、目の端にだけ映してた。
よく覚えている光景。
真ん中の席になった佐村。そこにはいつも七、八人が集まり、なにやらがやがやと騒いでいる。あたしはその輪に入ることは一度もなく、廊下側の端の席から、仲の良い友達と三人で、日々の他愛ない会話を交わしていた。
あの時のあたしは、あたしなりの世界を築き上げて、佐村を取り巻く世界なんて気にすることもなかった。
それはたぶん、地球と、地球の周りを回る月みたいな、何の違和感もない、当たり前のような感覚。
いつも騒いでいる佐村の周りの人間と佐村を少し疎ましく思いながら、それでもあたしには関係ない世界だと、彼の世界に入りたいと思うこともなく、過ごしてた。
三年になって、あたしはあたしの周りにあったはずの『あたしなりの世界』を失って、行く当てのない宇宙で、孤独を知ってしまったのかもしれない。
だから、隣にある佐村の世界が、目についてしまったのかもしれない。
佐村の世界に、あたしは入れないから――
入る勇気なんて無いから。
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