5:きっと妄想。
「それって、告白してんの?」
「さあ?」
佐村はにやけた顔をそのままに、あたしのもとへ一歩一歩近付いてくる。
その度に佐村の白いシャツがオレンジ色を増していって、あたしはそれを、幻想的だ、とかどうでもいいことを考えてしまう。
「どうするの? 行く? 行かない?」
佐村の手が、あたしの机の上にトンと降りて来る。その拍子で、あのルーズリーフの切れ端がふわりと揺れた。
「どこに、行くの」
「秘密」
「なんで、あたし?」
「回答出来ません」
椅子に座ったあたしと机の前に立った佐村の距離はとても近くて。
あたしはびくびくと身を縮こまらせながら、佐村を見上げた。
笑っているくせに、あたしを見下ろす目はものすごく真剣だった。
大きな黒目に夕日が映る。まるで燃えているみたい。
「なんで、こんな紙、渡してきたの?」
「どこかに行きたいって、言ってたから」
「聞いてたんだ、やっぱり」
声が大きかったから、と佐村は笑う。
自分の声のでかさに、今更ながらあきれる。
「……三年になってから」
「え?」
佐村の視線が沈んでいく太陽に向けられる。
もうわずかしか見えない太陽は、最後の最後の力を振り絞るように、いっそう世界を赤く染める。
太陽を見据える佐村の顔も真っ赤に染まり、それが、佐村自身の顔が赤いのか、佐村を照らす太陽で赤いのかわからなくさせていた。
「竹永、窓の外ばっか見てるよな」
「……ああ、うん」
空は高く、果てしない。
狭くてぎゅうぎゅうと押しつめられたような教室にいると、空に行きたくなる。
あたしは、いつもこの空の彼方に、夢を見る。
飛んで行きたいと。翼を羽ばたかせ、どこか遠くに行ってしまいたいと。
「なんか、その内、この窓から竹永が飛び降りるような気がして、怖くなった」
「はあ? 自殺するってこと?」
「そういうわけじゃねえけど」
見透かされた気がして、胸が痛くなる。
「竹永が、どこか行きたいなら、連れてってやりたいと思ったんだよ」
夕日を映し出す佐村の目は、驚くほど優しくて。
締めつけられたみたいに苦しくなる。佐村の顔を見るのが急に怖くなって、窓の外をやたら真剣に眺めてしまった。
佐村が、あたしを特別視してくれているような、あたしだけに優しさをくれようとしているような、くすぐったい感覚が頬に熱を与える。
この熱さは、あの太陽のせいだ、と自分に言い聞かせる。
「四月の終わりの連休。空けとけよ」
背中越しにあった佐村の気配が、遠ざかっていく。
振り返ると、佐村はすでに教室のドアまで戻っていた。
「勝手に決めんな!」
立ち上がった拍子に椅子ががたがたとわめく。
一陣の風が、カーテンを強く揺さぶり、冷たい空気が頬を撫でていった。
「楽しみにしとけ」
歯を見せて笑って、佐村は教室を出て行ってしまった。ドアの閉まる音が妙に大きく聞こえる。
バサバサと勢いよく踊っていたカーテンがようやく落ち着きを取り戻す。
急に静まり返った教室は、いつの間にか闇夜に染まっていた。
***
「あいつ、まじで意味わからない!」
家に帰ったあたしは、制服のままベッドに寝そべり、布団をぎゅっと抱きしめていた。
――あたしのこと、好きなの?
――ばれたか。
急にリフレインしてくる言葉の数々を振り払うように、頭を思いっきり振り回す。はっとして、めちゃくちゃになった髪の毛を手ぐしで直した。
告白は、されていないはずだ。
「好きだ」とは言われていない。
だが、よく考えろ。
好きなの、と聞いて、ばれたか、と返す。
その心は?
「あたしのこと、好きなのかよ」
ありえない。ありえないって。なんで? わからん。もしかして、あたしの妄想かもしれない。
あの夕暮れの時間は、教室を別世界に変える。
黄金の世界に包まれた教室は、いつも人がいて騒がしい場所とは全く違う雰囲気になる。
あたしはあの空間の中で、夢うつつになって、幻想を見たのかもしれない。
「それじゃあ、佐村があたしのことを好きだったらいいって、あたしが思ってるみたいじゃん」
却下だ。妄想案は却下だ。
じゃあ、なに? あれはなに?
どこかに行こうか?
どこに行くんだよ。
行くわけないだろ。
そうだ、行くわけがない。
だいたい男と二人で、どこに行けと。デートじゃんか。佐村と? まさか。
こびりついて離れない、佐村のあの真剣な目。
いつも笑っているから、あんな目を見たことがなかった。
まっすぐで、真摯で、あたしを貫く、あの強い黒目。
「明日考えよう……」
あたしはそっとまぶたを落とし、思考回路を無理やり閉じた。
明日の更新はお休みです。
次回更新日は3月11日0時〜3時になります。