51:空に落ちる。
2話連続更新です。
「51:キスをして。」をまだお読みでない方は、そちらから先にお読み下さい。
答えを見つけたくて。
賭けをしてみた。
触れられるのが嫌だと思うあたしが、キスを求めて。
それをすることで、簡単に答えなんて見つかると思った。
女の子にとっての聖域。
触れられるのは、好きな人にだけ。
許されるのは、好きな人だけ。
じゃあ、佐村は?
指先に落とされただけで、心臓は跳ね上がる。
晶子、言ってる意味がわかったよ。
佐村のバカ。
なんてやつ。
こんなの、恋じゃなかったら、なんだというんだ。
「……佐村が、好き」
言葉にしたら、その感情だけで心が覆いつくされて軽くなった。
しぼんだ風船にヘリウム入れたような感覚。いっぱいになったら、ふわっと浮いた。
そっか。言葉にすれば軽くなるって言われたけど、こういうことなんだ。
なんだよ。あたし、やっぱり佐村が好きなんじゃん。
込み上がる実感を噛み締める。
佐村は、何も答えてくれない。
聞き取られたら恥ずかしいから、自分でさえ聞こえないくらいのつぶやきだった。
聞こえてなかった?
もう二度と言う気は無いから。聞こえてなかったら、どうしよう。
でも、これ以上大きな声でなんて言えない。
ドラマでよく絶叫告白する人がいるけど、あんなのありえない。あたしには絶対無理だ。
佐村がどんな表情をしているのか、気になる。でも怖くて顔を上げられない。
何も言わない佐村。……やっぱり聞こえなかったのかな。
意を決して、上履きを睨んでいた目を上げる。
前髪に少し隠れた黒い瞳があたしをじっと見下ろしていた。
黒目が、夕日の移ろいを映して、揺れる。
真っ直ぐで真摯で、優しい目。
あたしを惹きつけて捉える、罠みたいな目。
「聞こえた?」
「聞こえた」
はあ、とため息をつくから、あたしは戸惑う。
やっぱり、もう遅かったんだ。
「ごめんね……」
「なんであやまんの?」
「だって、あたし、ひどいことばっか言ってるし」
ふと見せた切なげな表情が、心の奥をつつく。
「本当にお前は嫌なやつだけど」
暮れなずむ空。教室に差し込む光が黄金色を帯びて、カーテンみたいに揺らめいた。
「やっぱ好きだ」
呆れたような、感慨深げな声。
あんなに遠く離れたのに。
今は、こんなにも、近い。
近付いた距離を。
この手に収まるこの距離を。
もう、きっと手放せない。
「佐村、顔真っ赤」
「お前だって、まっかっか」
「太陽のせいだよ」
言って、気付く。あたしは太陽に背を向けてるんだから、太陽のせいにはならない。
「……佐村のせいだよ」
佐村のセーターをつかんで、訴える。
佐村は楽しそうに笑うから、なんかむかついて、足を踏んづけてやった。
「痛え!」
「気のせいじゃない?」
「気のせいじゃないだろ、思いっきり踏んでるし」
フフン、と鼻で笑って、じっと佐村の顔をのぞきこむ。
「ね、キスして」
「ぶったまげた口だな。まだ言うか」
「言うよ」
だって、癖になりそう。
触れたい触れたいと、心が訴えてくる。
一瞬見せた佐村の真剣な表情も目を伏せれば見えなくなる。
まぶたを閉じても、消えないオレンジ色。
大胆になるのは、きっとあの太陽のせい。
大きな手が、あたしの髪をすくって、耳の後ろに収まった。
くすぐったい。
オレンジに溶けて、空に溶けて、夢の中でゆらゆらしてるみたい。
そっと触れる。
柔らかな唇は。
びりびりと全身を走り抜けて、体から芯を抜き取ったみたいに力を抜けさせた。
風に混じって、ふわりと広がったのは春の香り。
柔らかくて優しい風は、愛おしい香りを運んでくれた。
教室の窓辺。
広がる空。
逃げ出したいと、見つめていた。
本当は――何かを漠然と求めてた。
よくわからないけど、何かが欲しかった。
あの空の先に、それがあるような気がしてた。
でも、落ちて壊れるのが怖くて、何も出来なかった。
机に乗っかって。
窓の端をつかんで。
身を乗り出して。
思いっきり、蹴りだす。
背中を押してくれる、優しい人。
あたしは真っ逆さまに落ちていく。
だけど。
地面と空は反転する。
角度を変えれば、世界もあっさりと姿を変える。
落下するのは地面じゃない。だから、あたしは壊れない。
羽は生えてこないから。落ちていくしかないけれど。
風に吹かれて、心が飛ぶ。
真っ青な空に。灰色の雲の向こうに。鮮やかに染まる赤の中に。
風を感じて揺られている。
羽なんていらない。
あたしは、あたしのままでいい。
必要なのは、一握りの勇気だけ。
落ちるのは、空だから。飛んでいるのと同じこと。
そう。あたしは。
空に落ちる。
残念ながら、作者の住む地域は曇り空でした。
夕焼けは拝めなさそうです(笑)
次で最終回です。
明日0〜3時ごろ更新を予定しています。
明日といっても、あと8時間後くらいですね(^^)
では、また夜にお会いしましょう!