49:恋に落ちた瞬間。
運命を託して小さな紙切れにシャーペンを走らせる。
恋がどんなものかなんて、正直全然わからない。
だって、あたしはまともな恋をしたことない。
恋に恋したことはあっても、誰か一人を一途に好きになったことなんて無い。
だから、よくわからない。
この胸に残る小さなロウソクの光みたいなもの。
ぽっと灯った柔らかな光は、一体なに?
ちっぽけなのに、やけにひっかかる。その光の温かさに目が行く。
目が離せなくなる。
チリチリと痛む気持ち。
佐村のそばに女の子がいただけで、湧き上がったのは、どう考えても独占欲。
意外とあたしも、そういう『女』の部分があったらしい。
簡単なこと。
あたしの中でふくらむ。
最初は気付きもしない小さな光が、気付けば、太陽みたいに大きくなってる。
どの瞬間が始まりだったのかと聞かれたら。
あたしはきっと、こう答える。
「手紙を開いたあの瞬間」
『どこかに行こうか』
最初から認めてた。
殺し文句だって、思った。
心を穿たれた、と思ってた。
わからないから、気付かなかっただけ。
認めたくないから、知らんふりしてただけ。
だって、そうでしょ?
あたしは知らず知らずのうちに、この手紙をお気に入りのピルケースに大事そうにしまってたんだから。
始まりは手紙から。
あたしの、たぶん、恋に落ちた瞬間。
机に突っ伏して寝入る佐村の腕の下に、そっとしのばせる、秘密の手紙。
その違和感に、佐村はゆっくりと顔を上げた。
何があったのかわかっていないのか、佐村は半開きの目であたりを見回し、また眠ろうと顔を下に向ける。
そうして、ようやく、その存在に気付く。
腕の下の、紙切れ。
訝しげに眉をしかめながら、佐村は手紙を取って、誰からなのかと探るようにまたきょろきょろする。
あたしは素知らぬふりで、頬杖をついたまま黒板を眺める。
誰からかもわからないまま、折り畳まれた手紙を広げはじめた。カサカサと紙の擦れる音が、あたしの顔をにやつかせる。
ばれないように横目で様子を伺ったら、佐村の喉仏が上下に動いたのがわかった。
「た……」
丸くした目をあたしに向けるから、あたしは頬杖した手で口を隠して、にっと笑う。
「どういう……」
大きな声をあげそうになった佐村は慌てて口を手で覆い、今度は声を小さくしてあたしを睨む。
「どういう意味だよ」
「内緒」
にやつく顔を隠す気は無い。にんまり笑って、すぐに教師が描いていく意味不明な文字の羅列に目線を戻す。
これは賭けだから。
教えてやらない。
答えは、きっと簡単だから。
***
放課後の教室。
あたしはまたもや教室にひとり残って、ぼんやりと空を眺める。
そろそろと落ちていく太陽の光を反射して、雲は下半分だけ赤く染まる。
まだ残る青空が名残惜しそうに紫色を濃くして、やがて赤だけが燃えるように色付く。
真上にある大きな白い雲は未だ赤くならず、悠々と空を泳いでいた。
カチカチと動く時計の音が、やけに大きく聞こえる。
窓の方に向けた椅子に跨り、空を飛んでる鳥の数を数える。
黒いシルエットになった鳥は、夕焼けに飲まれるように見えなくなっていった。
さっきまで読んでいた本が、真っ白のページをオレンジに染める。
全開に開けた窓から、夜を呼ぶ冷たい風が吹き込んで、あたしはブルリと震え上がる。
時計の音と心臓の音が重なって聞こえて、緊張してることに気付いた。
大丈夫。
あたしは、大丈夫だ。
佐村への手紙。
記した言葉。
『どこかへ行こうか』
踏み出すための第一歩を、佐村がくれた。
だから、お返し。
ふと見た太陽に眩まされて、瞳を閉じた時。
時計はカチ、とその時を告げた。
午後五時半過ぎ。
教室のドアが、ガタリと揺れた。
午後五時半過ぎ。
どこかの学校の。
どこかの教室で。
どこかの誰かが。
気持ちを告げる。
***
明日(5月1日)は五時半過ぎに更新します。
物語の中と現実が、日付も時間も一緒になります。
その時間にネットをご覧になることが出来る方は、ぜひ、時間を合わせて読んでいただけると嬉しいです(^^)
5月1日、2話連続更新。
5月2日、完結となります。
明日、きれいな夕焼けが見えることを願って。