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4:夕暮れの告白。

『どこかに行こうか』


 それは突然の佐村からの誘いだった。



 夢うつつの授業中。あたしはひとり、思考回路を遠くに吹っ飛ばしていた。


 隣のあほ男は、あたしをチラ見する。なにか言いたげに。目だけで訴えかけてくる。


 手の隙間からするりと逃げて、床を転がっていくシャーペン。

 あたしの目の前を通過する、佐村の少し日に焼けた腕。

 血管が走っていく意外とたくましい腕は、シャーペンを拾い上げていた。


 声が、心を揺さぶる。



 気付くと、机の片隅に、ルーズリーフの切れ端。佐村からの手紙だった。


 佐村の手紙は、あたしを現実へと引きずり戻し、同時に、また別の世界の扉を示した。



 きっとこれは、不条理で不可解で、でも鮮やかな色を放つ世界への、案内状。

 



***



 放課後の教室に、あたしはまたひとりで残っていた。

 夕焼けの光が窓から注がれて、あの日と同じように教室は黄昏色に染まる。


 佐村が変な手紙を寄こしてきたのは、六限目の授業中だった。


『どこかへ行こうか』


 そう書かれた、ルーズリーフの切れ端。


 佐村はどういうつもりなのだろう。


 手紙は筆箱に閉まっておいた。

 それを取り出し、もう一度広げて眺めてみる。

 角ばった文字。殴り書きのような汚い字。


 佐村は二年のときも同じクラスだった。

 特に仲が良かったわけじゃない。だけど、全く話さないような仲でもなかった。

 本当に、普通の、ただのクラスメート。


 佐村は整った容姿でもないし、平均身長より少し高いくらいのいたって平凡な身長だ。

 なのに、細そうに見えて筋肉質な骨ばった体型や、犬みたいに黒目がちな目とか、笑ったときに楽しそうにくしゃっとしわしわになる顔がかわいくて、妙に女子に人気があった。


 優しくて、明るくて、分け隔てなく人と接するから、誰にでも好かれる。


 佐村はクラスの中心でいつも笑っていた。


 それは三年になった今でも変わらない。


 佐村の机の周りにはいつも男子も女子も集まって、笑ってる。

 隣にいるあたしは、その光の影になり、うずくまり、凍えている日陰の人間のように、隅に追いやられた気分にさせられている。


 人見知りするあたしの周りには、人は寄ってこない。

 前の席にいる晶子は、あたしに気を使って話しかけてくれるけれど。


 人を寄せつけるパワーを持つ佐村を、心のどこかで妬ましく疎ましく思っているんだ。

 隣にいることが苦痛で仕方ない。


 あたしは、佐村が嫌いだ。


「バカみたい」


 佐村は優しい。こんな風に妬みや嫉みだけで、人を嫌いだというあたしにまで、優しくしてくれる。



 どこかに行こうか?


 からかっているんだ。


 あたしのあの日の独り言を聞いていて、からかってきたんだ。


 そんなこと、わかってる。



 消えてしまいたい。


 どこかに飛んでいってしまいたい。


 誰かがあたしをどこかへ連れてってくれるなら、あたしは悩みもせずにその手を取って、意気込んで旅立つだろう。



 置いていかれる。


 みんな未来を見据えているのに。未来に向かって歩き出しているのに。


 あたしは、暗闇の底で、行き場所を見失い、迷ってる。


 たくさんの道が広がりすぎて、どの道を選んだらいいのか、わからない。


 隣で光を放つ佐村は、あたしには迷いなく進んでいく理想の姿に見えて……だから、むかつく。


 今のこの場所が、苦痛なんだ。




 だから、どこかへ行きたくなる。

 逃げたくなる。

 羽を生やして、飛び立ちたくなる。


 だけど、あたしに羽なんてないから。

 飛ぼうとした瞬間に、墜落するだけ。


「それって、自殺じゃん」


 バカらしくて、皮肉な自嘲が零れ落ちる。

 暮れなずむ空は雲もオレンジに染め、建ち並ぶビル群ごしに大きな太陽が悠々と半身だけ姿を見せる。


「佐村」


 口をついて出たアホ男の名前。

 こいつが隣の席になったばっかりに、あたしはこんな風にネガディブの塊になってしまったんじゃないか?

 隣にいるアホが、ポジティブすぎるから、反比例してあたしはネガティブになっていってるんじゃないか?


 光が強いほど、影が濃くなるように――


「呼んだ?」

「呼んでないよ、ストーカー」

「ばれたか」


 白いシャツも、オレンジに染まってる。

 教室のドアにもたれかかって、佐村が立っていた。


「なんで、いるの?」


 挑戦的に睨みつけてやる。

 ちくしょう。こんな黄昏時に「佐村」なんて独り言言ってるの聞かれたんじゃ、まるであたしが佐村に恋してるみたいじゃないか。


「待ってた」

「なんで」

「手紙の返事、聞かせろよ」


 机の上で佇んでいたルーズリーフの切れ端を、佐村は指差した。


「教室じゃ話しにくいだろうから、昇降口で待ってたんだよ。だけど、竹永、いつまでたっても来ないし」

「意味わかんないんだけど」


 こいつが何を考えているのか、あたしにはさっぱりだ。

 静まり返った教室。窓の向こうから聞こえてくるのは、部活に励む生徒のかけ声。


「もしかして、あたしのこと、好きなの」


 冗談だ。笑い飛ばして「そんなわけないだろ」と答えると思ってた。


 けれど、あたしの耳に反響する、佐村の声は。


「ばれたか」


 真剣な目で、口元に僅かな笑みを湛えて、佐村は、オレンジに包まれながら、そう言った。






ゆるやかに進む恋を描ければと思ってます。

恋愛ものは全然書かないため、恋愛ものってこんなんでいいのか?と不安ではありますが、楽しんでいただけている方がいたら、幸せです!


明日も0〜3時に更新します。

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