48:手紙から始める。
五月一日。
三年生になって、もう一ヶ月が過ぎた。長いようで短い時間。
少しずつ変わっていく自分。
自覚だけを置き去りにして、心は確実に成長していく。
階段を上るように、一歩一歩着実に。
気付かないような速度で、ゆっくりと。
机に置いてあるパール色のピルケースを手に取る。
雑貨屋で買った、お気に入りだ。天然のシェルを四角く切り取った小さな箱。光の加減で虹色に輝いて、角度によって全然違う顔を見せる。
中にしまったのは、佐村からの手紙。
始まりはこの手紙だった。
憂鬱な日々を過ごすあたし。夕方の教室でぽつりとつぶやいた独り言。
「どこかに、行きたい」
誰にも届くはずのない、一人だけの物思いは、隣の席の大嫌いなあいつに聞かれてた。
嫌いだった。
心底楽しそうな笑顔や、誰からも愛される人柄が。
でも、そんなの、ただのやっかみで……憧れてる事実を否定するためのいいわけだった。
ほんとは、佐村に憧れてた。
真っ直ぐな目や、揺るがない足取りや、強く進む力や、迷いを見せない笑顔に。
そうなりたいと切に願う姿が、佐村そのものだった。
だからこそ、目をそらしたくて、でも、目に焼きついて。
残照が、いつまでも残る。
――あの日の夕焼けのように。
制服のリボンをきっちりしめて、姿見で確認する。
カバンを手に取り、ピルケースをしまうと、あたしは学校に向かって駆け出した。
***
遅刻ギリギリで教室に駆け込む。
チャイムの音が鳴り響く中、自分の席に目を向ける。
必然的に視界に入る、佐村の席。
――いる。
今日はさすがにさぼらなかったらしい。
くしゃくしゃの黒髪が少しだけ開いた窓から吹き込む風で揺れている。
机に突っ伏し寝ている佐村を、女子の一人がツンツンつついて遊んでいた。
爆睡しているのか、佐村は微動だにしない。
フーと長く息を吐いて、席まで歩く。
自分の席に行くだけなのに、妙に緊張する。
旅行から帰ってきてから、佐村が隣に座っているのは、今日がはじめてなんだ。
なるべく音を立てないように座って、窓を閉める。今日は少しだけ、風が冷たい。
心臓の音が大きく聞こえる。背筋がびしっと伸びてしまう。
膝の上の手の平は、気持ち悪いくらい湿ってる。
ちらりと佐村を見たら、気だるそうに起き上がって眠そうな顔を黒板に向けていた。
***
佐村は授業のほとんどを寝て過ごしていた。
だから、話しかけてこない。
そりゃそうだ。
あんな風に別れたあとで、前と同じように振る舞えるわけない。
でも、そういう風に気にしているのはあたしだけで、佐村はただ単に眠くて仕方ないだけなのかもしれない。
いつもの半分くらいしか開いていない目で、頬杖ついてぼんやりしている佐村。
教科書を読む教師の朗々とした声だけが響く。
遠い。
あんなに近かった佐村の存在が、すごく遠い。
寂しいけど、そうなるのは必然。
あたしが招いた結果なんだ。
黒板を写していたノートの端をちぎる。
うまく切れなくて、ぎざぎざに尖ったしまったけど、気にしない。
……始まりは手紙だった。
だから、また、手紙から始めてみる。
シャーペンをくるりと一回転。
円を描いたシャーペンはぴしゃりと手の平に納まる。
何を書こうか、逡巡して。
あたしは、小さな賭けをしてみることにする。
いつだってそう。
答えが見えない時は、運を天に任せて、運命を信じる。
神様。どうか。
うまく行きますように。
はじめて企画オススメ作品を張り替えました。
☆〜4/28までリンクしていたオススメ作品☆
藤村香織さん作
あさぎいろの空
http://ncode.syosetu.com/n7692d/
☆4/29からリンクするオススメ作品☆
水沢莉さん作
檸檬以上 蜂蜜未満で 林檎以下
(リンクしてありますので、そちらからどうぞ)
淡々とした一人称で進んでいく物語で、主人公の語り口調にものすごく心惹かれます。
主人公の周りを見る目線が丁寧に描かれていて、主人公と同じところにいるような気分にさせられるんです。
同居している敦司や弁当屋のカズ君とこれからどうなっていくのか、かなり気になる作品です。
*5/18をもちまして企画が終了いたしましたので、はじめて企画参加作品オススメのリンクをすべてはずしました。
本当はせめてあと2,3作リンクして紹介したかったのですが……無念です(--;
ブログにて感想は書いていきますので(こちらも全作品は無理だと思うのですが)興味のある方はリンクしてあるブログに遊びに来てください(5/26 きよこ)*