47:人生って。
次の日。休みが連続しない今年のゴールデンウィークのせいで、飛び飛びの登校。
やっぱり空席の目立つ教室。
そして、隣はまたお休み。
一昨日は元気そうだった。だから、ただ単にサボリなんだろう。
斜め前の岡本は「ほーはゴールデンウィークを勝手に増やすようなやつだ」と嘆いている。
昨日、美容院で切った髪の毛は指どおりもよく重さがなくなった。
気付いてくれた数人のクラスメートが「郁ちゃん、髪切ったんだね」と声をかけてくれる。
あたしはそれに笑顔でうなずいて、美容院のかっこいい店長さんとモヒカンさんのことを話す。
皆、笑って聞いてくれる。
不思議なことに、あたしが笑えば、皆、笑顔を返してくれる。それが普通のことだとしても、塞ぎこんでいたこの頃のあたしからは新鮮なことのように映る。
今頃気付いた。
佐村の周りがいつも笑顔なのは、佐村が楽しそうに笑っているからだ。
佐村が笑うから、皆、自然に笑顔を分けてもらえる。
あたしも、もう少し笑おう。
だって、気持ちが楽になる。
少しずつ少しずつ。
力が戻ってくる。
***
昼休みのチャイムの音。
グループごとに机を固めて、各々が食事を開始する。
女の子はグループを作るものだけど、あたしはまだどのグループにも属していない。
気力の無かった日々を過ごすうち、あぶれてしまったのだ。
それでも、このクラスの女子は朗らかで優しい。
「郁ちゃん、一緒に食べようよ。雑誌に載った美容室に行ったんでしょ? 話し聞かせて!」
立ち上がったあたしに、後ろの席の子が声をかけてくれた。
三年生にもなれば、全く話したことの無い生徒なんてそう多くない。この子も何度か話したことがある。
人見知りするあたしに友達は多くないけど、それでもクラスメートはあたしの存在を気にしてくれてたみたいだ。
四月の間、あたしはたまに誘ってくれる子達とお昼を食べたり、屋上前の踊り場で一人で過ごしたり、その時々で行き場所を変えていた。
渡り鳥みたいだな、と自分で自分のことを思っていたけど。
羽を休める場所は、その手を広げて待っていてくれる。
気付かなかった。
ぼんやりと過ごすあまり、あたしはそういう優しさを見逃してた。
「うん」
持っていたカバンをぎゅっとつかんで、少し恥ずかしくなりながらうなずいたら。
「やった。こっちこっち!」
と、声を弾ませて机を動かしてくれた。
***
踏み出す度。
呼吸が上がる。
――人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くが如し。急ぐべからず。
目線の先に杉の木。ざわつく杉は生い茂り、その先の空を緑色で彩る。
大きな雲で覆われた空は、緑の額縁の向こうで、灰色を塗りたくっていく。
吸い込む息は、ミントの香り。
清涼な空気の中で、心は洗われていく。
まばたきしてもう一度空を仰いだら、そこには灰色の天井があった。
放課後、あたしは屋上への階段を上っていた。
茜と帰る約束をしてる。さっきメールでHRが長引いてると連絡があった。
時間つぶしに、お気に入りの場所へ。
階段を上るという行為が、あの日、奥社に向かって進んだ石段を思い起こさせた。
家康の名文句を思い出して、上がった息を吐き出す。
歩いても歩いてもずっと続く道。どんどん増えていく荷物を抱えて進んでいくのは、困難で苦痛の連続。
それが人生ってやつなら、けっこうしんどい。
でも。
荷物はおみやげみたいなものだ。形も色も素材も違う。とげとげしたものもあれば、柔らかいものもあるし、あったかいものだってある。
全部違うから。抱えていることが辛くても苦しくても、捨てることなんで出来ない。
山ほど抱えてたって、こんな素敵なもの、他には無いんだから。
そう考えれば、人生って意外と面白い。
持っていた紙パックのカフェオレにストローを差し込む。
ちゅ、と少しだけ吸い込んで、甘くてほろ苦い味を噛み締める。
恋はこのカフェオレみたいに甘くてほろ苦いらしいけど。
……確かに、そうかもね。
晶子は、「ぶつかれ」と言った。
美容師さんは「言葉にすればいい」と言った。
あたしには、一握りの勇気が足りなかった。
飛び込んでいく力が足りなかった。
あたしはまだ何もしてない。何も伝えてない。
見つけてしまった答えをどうすればいいのかわかったから。
心は、晴れ間を見せてくれた。
感情なんて台風みたいなもんなんだ。
過ぎ去れば、これでもかという晴れが待ってる。
もうすぐ五月。
あたしの五月病は、五月になる前に終わりを迎えたらしい。
きっと、彼のおかげ。
明日も0〜3時更新予定です。
最終回まで毎日更新していきます。
5月1日は作中の日付と現実の日付が一致します(笑)