43:触れたいと思う時。
「で、で?」
トイレから出てきた晶子は隣に座ると、椅子を動かして向き合う形に直している。
あたしも仕方なく椅子を動かす。
話を聞こうと前のめりになっている晶子と、不安げなあたしは、カウンセラーと患者みたいだ。
「佐村と、遊んだ」
「ほうほう」
さすがに一晩一緒に過ごしました、とは言えない。
ちょっと遠くまで出かけて二人で遊んだと白状して、その先のことを言いよどむ。
だけど、そこを話さなければ、核心に触れることが出来ない。
あたしが聞いてほしいことは、そこにあるんだから。
「……告られた」
「やっぱり!」
「やっぱりって」
「だって、ほーちゃん、郁ちゃんのこと好きっぽかったじゃん」
佐村、バレバレだったみたいよ?
隣の席でぼーとしてる女にしょっちゅう話しかけてる男がいたら、誰だって疑いもするだろう。
そう思うとちょっとおかしくて、笑ってしまう。
「それで? なんて返事したの」
好奇心いっぱいの目を向けられて、あたしは戸惑いを覚えるが、ここで話を終わらせたら大変なことになる。
「断った」
「なんで!」
大声を上げた晶子は、慌てて口を塞ぐ。そして、小さな低い声でもう一度「なんで」と聞いてきた。
「よく、わからなかったから」
「わからないってなにが?」
「自分の気持ちが……」
声を落としていくあたしの様子に、晶子の表情も変わっていった。
好奇心だけだった顔が、心配そうな顔に変わる。真剣で労わるように優しい表情。
「あたし、男の人が怖いのかも」
晶子の表情が、あたしの心を開かせた。
溜め込んでいた気持ちが誰かに真剣に聞いてもらえるとわかると、出口を求めて動き出す。
「触れられるのが、嫌で、今まで付き合った人とも上手くいかなかったし……」
今まで不安に思っていたこと。
怖がる臆病な自分。その事実は、誰にも見えないところにずっと隠し続けてきた。
弱さを人に見せたくなくて、隠してたんだ。
でも。
もう、隠し続けられない。
出口を見つけた気持ちは、一気に噴出する。
振ったコーラの缶から、泡が噴き出すように。あたしの気持ちはどっと溢れて、抑制が効きそうになかった。
「佐村のことも、きっと嫌だと思うんじゃないかと思って、それが怖くて、断った……」
膝に置いた自分の手を見つめる。
握られた拳から、しっとりと汗がにじむ。
晶子が小さく息を吐いたのが聞こえた。
「好きじゃない人に触られたら、誰だって嫌だよね」
そう言って、あたしの肩をさする。山口が触った肩だ。
「山口に触られて、嫌だった?」
「……少し」
「ほーちゃんは?」
……佐村は?
なんで気付かなかったんだろう。
いや、気付いていたくせに、わかってなかった。
腕をつかまれても、手をつないでも、顔に触れられても、抱きつかれても。
一度も、嫌だなんて、思わなかった。
「郁ちゃんは、どういう時に『恋してる!』って感じる?」
女の子にしては低めの晶子の声が、優しく降り注ぐ。
同じクラスだったことはあるけど、こんな風に恋の話をしたことなんてなかったし、真剣な話をしたこともなかった。
いつも笑ってるし、ふざけてる姿ばかり見るから、こんなに人の話を真剣に聞いてくれる子だとは思わなかった。
少し、佐村と似てるかも。
あたしの答えを待っていた晶子だが、「あたしはね」と小さな声をもらした。
「その人に触れたいと思った時」
――触れたいと、思った時。
その言葉は、あっという間に心に広がって、波打った。
窓の隙間から入り込む春の芳香が、体を包んで、和ませるように。
一気に、染み渡る。
伸ばされる手が。佐村のシャツを掴もうとする手が、残像となってよぎる。
「好きな人になら、触れられるのが嫌じゃなくなるよ。触れたいと思うんだよ」
晶子の手があたしの握られた拳にそっと包む。
「怖くなくなるよ。郁ちゃんは大丈夫」
晶子の顔をそっと見たら、大きな目を細めて優しく微笑んでくれた。
晶子のセリフ、私の友達が実際に言ったことだったりします(笑)
好きだな〜!って思う時っていつだろう、という話をしていたら、友達が「触りたいと思った時」と答えたんです。
「エロイなオイオイ」(←どこのえろおやじだ)とからかったけど、妙に納得。
皆様はどんな時に「この人のこと好きかも」って思いますか?(^^)
明日も0〜3時更新予定です。