42:忘れていた嫌悪感。
十五人ほどの大所帯も、事前に予約を取っていたカラオケにはすんなり入ることが出来た。
ドアを開けた時は広いと思ったカラオケルームも、十五人も入ればギュウギュウで、ソファーに座らずに地べたに座るやつまで出てくる。
コの字型になったソファーの一番端で、あたしはぼんやり歌に聞き入っていた。
室内には狭いライブハウスのように一段高くなった舞台があり、マイクスタンドが置かれている。佐村はそこに一番近い場所に座り、あたしとは対角線の位置。
一番離れた場所だ。
順番も何も無く、いきなり熱唱したり、皆で合唱したり、せっかく盛り上がってるところでしっとりした曲を歌ってしまい、ひんしゅくを買うやつがいたり。
あたしも歌うことをせがまれて仕方なく一曲歌って、すごすごと引っ込んだ。
あんまり話したことの無い子に「郁ちゃん、歌うまーい!」と肩を叩かれたけど、悪い気はしない。
「竹永さん」
オレンジジュースをちびちび飲んでいたら、隣に見たことのある男子がいつの間にか座っていた。
見たことがあるって、同じクラスなんだから当然なんだけど……名前が思い出せない。
「なに?」
「あのさ、ほーと付き合ってんの?」
鼻にオレンジジュースが入りかかって、「ブフッ」と変な咳が出てしまった。
「なんで」
「土曜に佐村と会ってるところ、見かけたんだよね。みどまどで待ち合わせしてたろ?」
みどまど……みどりの窓口のことだ。
あれ、見られてたんだ……。
あの駅は学校の最寄り駅だし、見られてもおかしくない。
それにやましいことをしてるわけじゃないんだから、隠すことでもないはずだ。
だけどあたしはだんまりを決め込む。
「ほー、竹永さんのこと好きっぽかったもんなー。残念。俺もちょっと竹永さんのこといいなーと思ってたのにさ」
「はあ、そうですか……」
なんと返事していいかわからない。
ついついふ抜けた返事をしたら、名前を思い出せないこの男はかなり不安そうに顔をしかめた。
「で、ほんとのところは? 付き合ってんの?」
ずい、と迫ってきた男と、肩がぶつかる。
短い髪の毛は、気持ち悪いくらいテカテカと光ってる。整髪量、つけすぎじゃない?
誰かがいたずらしたのか、天井のミラーボールがくるくると回りだす。
七色の光がこの男のテカテカ頭に反射して、クリスマスツリーとかに使われてるファイバーみたいに光りだした。
「……別に」
「別にって、付き合ってないってこと?」
肩をがしりとつかまれて、びくっとなってしまった。
なんなんだよ、こいつ。
「関係ないでしょ」
「うわ、竹永さんて、怖いな」
ツリー男は「ドン引きだわー」とか言ってくるくせに、肩をつかんだ手を離そうとしない。
ドン引きしたなら、そのまま引いてってくれればいいものを。
「ていうか、触んな」
我慢できなくなって、ツリー男の手を払う。
「まじ引くわー」
こっちもだよ。
あんまり本音をぶちまけるわけにもいかない。
ニタニタ笑うツリー男から離れたくて、あたしは「トイレ」とつぶやいて立ち上がった。
気分、悪い。
つかまれてた肩の部分がひりつく。
忘れていた嫌悪感が込み上げてきて、むかむかする。
***
トイレに入ったあたしは、鏡の前でツリー男に触られた肩をなでた。
別に、ものすごく嫌だったわけじゃない。
でも……やっぱり嫌だった。
男嫌いの潔癖症なのか、あたしは。
ため息が我慢できず、盛大に息を吐いていたら、ドアが開いた。
「あれ、郁ちゃん」
晶子だ。
「なんか、山口に絡まれてたね」
あいつ、山口っていうのか。一応、ちゃんと覚えておこう。同じクラスだし。
山口、危険。近寄るべからず。
「佐村と付き合ってるのかって、言われた」
ついぼろりと愚痴をこぼすと、晶子はあたしの隣に立ち、鏡越しにあたしに笑いかけてきた。
「土曜日、会ったんでしょ」
なんで知ってるの! 口から言葉は出なかったけど、顔にはありありと驚きの表情が出てしまった。
鏡に映る自分は、あんぐり口を開けて、固まっている。
「ちょっと噂になってたよ」
「嘘!」
「ああ、皆知ってるわけじゃないからね。山口がぼやいてたから」
あのツリー頭……。
がっくりと肩を落としたら、晶子がぽんぽんとあたしの肩を叩いた。
「で、どうなの」
女の子はこういう話が好きだ。
きらきらした大きな目を向けられて、あたしは観念せざるを得ないと頭垂れた。
晶子は「ちょっと待ってて」とトイレに入ってしまう。
今のうちに逃げてしまおうかとも思ったが、あたしも話し相手を求めていたのかもしれない。
誰かに聞いてもらいたいという気持ちがもたげて、トイレの洗面台の後ろにはあった化粧直し用の鏡の前にある椅子に座る。
鏡を覗き込むと、少しクマの残った顔が泣きそうになっていた。
明日も0〜3時更新予定です。
ラストスパートに入る一歩手前です。
休まず更新していく予定ですので、もうしばらくお付き合い下さい。