41:あたしとあいつの距離。
HRを終えた教室からは次々に人が去っていく。
皆、楽しげに会話をしながら、「バイバイ」と手を振って。
だが、今日はいつもと少し違う。
クラスの半分位の生徒が未だ教室に残っているのだ。
机の横にかけたカバンを取り、必要なものだけしまう。ほとんどの生徒がそうであるように、あたしも必要ない教科書はすべて学校に置いて帰っている。
晶子や岡本達がまだ教室に残っているのは、これからカラオケに行くからだろう。
誘われてはいたが、行く気は無い。
……佐村が来るみたいだし。
昨日の今日で、顔を合わせづらい。
帰り際、抱きすくめられた記憶はやけに生々しく残っていて、佐村の背中に触れた手が、未だ熱の感触を残している。
あんなの、ふいうちすぎる。
晶子達と目を合わせないようにしながら、カバンを肩にかけ、とっとと教室から去ろうとしたその時。
「あ! 郁ちゃん! 今日どうすんの?」
呼び止められてしまった。
「ごめん、用事があるから」
「何時から?」
「何時って、ええと……」
つい口ごもる。晶子はあたしの嘘を見破ったのか、口を尖らせて、あたしの腕をがっしとつかんだ。
「茜が心配してたよ。最近、一緒に帰ってくれないって」
茜。吉沢茜は、あたしが一年の時からずっと仲良くしている友達だ。
二年までは同じクラスで、下校をずっと一緒にしていたのだが、三年になってからは、校舎が別になってしまったこともあり、すれ違ってばかりだった。
メールで何度か「今日は一緒に帰れる?」と聞かれるけど、なんとなく断っていた。
放課後の教室に残ることが多くなっていたから。
晶子は一年の時同じクラスだったし、誰とでも仲良くなれる子だから、茜とも当然仲が良い。
どこかであたしの話を、茜から聞いていたのかもしれない。
「郁ちゃん、最近元気無いし。カラオケ行ってうさを晴らそうよ」
心遣いが胸に沁みて、鼻がつんと痛くなる。
全然気付かないでいたけど、あたしを見て、あたしを心配してくれる人は、案外多いらしい。
「……うん。用事は明日に回す」
「そうこなくっちゃ!」
***
歩いて二十分ほどで、駅へとたどり着く。比較的大きなこの駅には、たくさんの人が行き交い、たくさんのビルや店がひしめき合う。
駅前の時計台前に、佐村はいた。
学校帰りだから、皆制服だけど、学校をサボった佐村は私服だ。
赤いロゴの入った白いシャツにジャケットをはおり、ブルージーンズを履いている。
「ほー! てめえ学校はサボるんじゃねえ!」
岡本が走りながら佐村に蹴りを食らわそうと足を放り投げる。
だが、佐村はそれをスイとよけて、「たまにはいいだろ」と笑う。
よけた佐村を別の男子が後ろから羽交い絞めにしたから、結局、佐村は岡本の攻撃を受けるはめになってしまった。
じゃれつく男子達。それを囲んで笑う女子。
十五人ほど集まった六組の面々は、教室にいる時と同じように、佐村を囲んで笑いあう。
あたしは遠巻きにそれを眺めているだけ。
……すっかり忘れてたけど。
これがあたしと佐村の世界。同じ場所にいるはずなのに、遠く、透明な壁で囲まれたように、近付くことのないあたし達。
昨日の出来事が、夢のよう。映画が終わって、幕が閉じる時のように。急に重い緞帳を下ろされた気がした。
目の端にきらめいた川面の光。つないだ手と手。
あの時、あたしはわかっていたはずだった。
もう離れていくだけだと。友達としてずっと、変わらぬ距離を歩き続けるんだと。
明日も0〜3時更新予定です。