40:隣の空席。
四月二八日。
疲れが残る体に無理やり気合を入れて、学校に登校する。
ゴールデンウィークは始まったというのに、今年は日取りが悪いらしい。休みが連続しない。
あさってはまた休みだ。
サボったって良かったかもしれない。そう考えたのはあたしだけではないらしく、今日の教室はいつもより空席が目立った。
受験生なのに、これでいいの?
うちのクラスは、どうやらのんびりやの集まりみたいだ。
出席を取る教師が「勝手に連休にしたな」と空席の生徒達に投げかける。ちゃんと登校した生徒は白々しく笑うだけだ。
照りつく太陽で、机が白く染まる。
その昔この机を使っていたどこぞの生徒が彫った『Y』というアルファベットが黒く浮き上がって見えた。
好きな人のイニシャルだったのかな。
気にも留めなかった机の落書き(落彫り?)に目を落としていたら、ななめ前の男子が「やっぱ、ほーのヤツ、サボリだよ」と嘆いているのが聞こえてきた。
一限目が始まる前の、教師が来るまでの空き時間。
ざわつく教室の中でその声だけが、あたしの耳に届く。
――隣の席は、主がいない。
暗い舞台でスポットライトを浴びたみたいに、妙な存在感を放つ机。
あたしの机に彫られた『Y』が光の中で黒く浮き上がるように、そこだけぽっかりと浮いている。
「ね、郁ちゃん」
前の席に座っている晶子が、目を輝かせて振り返ってきた。
興味津々といった表情に、あたしは一瞬たじろぐ。
「あのさ――」
晶子が何か言いかけた時、教室のドアがガラリと開いて、国語の教師が仏頂面で入ってきた。晶子は慌てて前を向く。
授業の開始と共に、教室から喧騒は消えうせるが、どこからか時折しゃべり声が聞こえてくる。
教師はその声に反応してぴくりぴくりとチョークを止めるのに、けして注意はしない。
今日は、隣が静か。
いつも聞こえた、佐村の小さな笑い声も佐村に話しかける周りのやつらの声も、今日は無い。
安堵感と、違和感。
気になる、隣の空席。
***
「ほー! てめえ、なにさぼってんだよ」
一限目終了後すぐに、佐村の前の席の男――確か岡本――は佐村にケータイで電話をかけていた。
でかい声で、わざとらしくどすのきいた声を出している。
「はあ? 今日は休みだろ、だあ? そうそう、今はゴールデンなウィークだもんな。って、バカか!」
のりつっこみしてるし……。
「今日、四時に集合だからな。忘れんなよ。ああ? 大川が女子には声かけてるぞ。けっこう集まんじゃねえの? はあ? 行かない? てっめ、殴るぞ」
大川は晶子の苗字だ。なにかあるのかな。あたしには関係ないけど。
ふう、と息を吐きながら伸びをして、机に突っ伏す。
今日もいい天気。太陽の光が気持ちいい。
「あはは! じゃ、四時なー。遅刻したら、ほーのおごりだかんな」
ケータイを勢いよく閉じた岡本は、フンフンと鼻歌を歌いながら、どこかへ行ってしまった。
入れ替わりで晶子が自分の机に戻ってくる。
「郁ちゃん」
呼ばれて、目だけを上げる。ショートボブの頭をなでながら晶子はにんまりと笑った。
……なに?
「今日、ひま?」
「……なんで?」
ここでひまと即答するのは得策じゃない。下手なことに巻き込まれないよう、こうやって聞き返すのがベストだ。
「皆でカラオケ行こうって話になってるんだよね。郁ちゃん、まだその話聞いてないでしょ?」
聞いてないけど、行く気力がない。
あたしはまるで人生に疲れたおっさんのようだ。
「ひまだったら、一緒に行かない?」
どうしよう。めんどくさいな……。
突っ伏していた体を起こす。
晶子の目は期待に満ちていて、思わず後ずさってしまった。
「考えとく……」
「了解。これで十二人かな。けっこう集まるかもね」
って、数に入れてるし!
「ちょっと待ってよ。行かないかもよ」と言いかけたら、チャイムの音であたしの声はかき消されてしまった。
……それ、佐村も来るんだよね。
そう思ったら、ずんと体が重くなった気がした。
*四月二八日。佐村、電話に出てしまうの巻*
「え? 今日休みじゃねえの? ゴールデンなウィークらしいし。暇だから教育テレビで人形劇観てる。は? 四時? つか、集まるなんていつ決まったっけ? 人、集まんのかよ? めんどくせえからさぼっていい? あ、やっぱだめ? ぶっちゃけ俺、憔悴しきってへろへろなんだよ。笑うところじゃねえし!」
***
明日も0〜3時更新予定です。