38:全部、ただの思い出に。
華厳の滝を目に焼き付けたあたし達は、伯父さんの元へ戻り、車に乗り込んだ。
目に映る景色をぼんやりと眺めながら、この旅行を思い返す。
楽しかったけど、少し切なくて、やるせない。
走る雲を見ていると、帰りたくないという気持ちが込み上げて、あたしはかじりつくように外を眺めていた。
明日からまた日常に帰る。
教室に戻って、今まで生活へ。
特別な一日はあっという間に過ぎて、何の変哲も無い普通の日常があたしの当たり前になる。
見上げても空が見えないほどの杉並木も。
絢爛豪華な東照宮も。
密かに佇む家康の墓も。
心を癒す叶う杉も。
全部、ただの思い出になる。
胸が苦しくなる。ちくりちくりと針でつつかれたみたいに痛くなる。
なにか……ボタンを掛け違えていることに気付いてないような歯がゆさが残って、すっきりしない。
これは一体、なに?
「着いたよ」
のほほんと建つ三角屋根の駅舎。もう東武日光駅についてしまった。
「伯父さん、色々ありがとな」
佐村の頭をがしがしと掻きながら、伯父さんはダンディな笑みを絶やさない。
「いつでも来いよ」とか「また郁ちゃん連れて来い」とか言いながら、佐村を小突きまくってる。
佐村は微妙な笑顔でそれに答えて、あたしに悪いと思っているのか、目線は地面に落としたままだ。
「じゃあ、郁ちゃん、またね」
「……はい。ありがとうございました」
「次は夏休みかな」
何も答えられず、あいまいに笑う。きっと佐村と同じ顔してる。
「あの、伯母さんにもお礼を伝えといてください。お世話になりました」
「いやいや、楽しかったよ」
もうすぐ昼間を迎える時間の太陽は煌々と照り、伯父さんの白い歯に反射してぎらっと光る。ダンディビームだ……。
「じゃあね」
「さようなら」
ペコリと頭を下げて、駅舎へと向かう。
さようなら。きっともう会えないのかな。
佐村の伯父さんも伯母さんもものすごくいい人達で、また会いたいけど、もう会うことは無いだろう。
少し……いや、かなり寂しくて、またうるうると目に涙が溢れそうになった。
昨日からあたしの涙腺は破滅的な打撃を受けてしまったようだ。
涙がすぐに顔を出してくる。
ホームに下りると、ちょうどよく電車が来た。
昨日と同じように、大きな風を巻き起こして電車は止まる。
今日も空は青くて高い。
風は気持ちいいくらい清々しい。
唇に張り付く髪を手で払って、あたしは佐村を見上げる。
佐村は空を見て、目を細めていた。
カラスが一羽、ぼとりと糞を落とした。
***
華厳の滝に寄った効果なのか、帰りの電車の中で、あたし達は気まずくなることなく普通に会話を交わしていた。
椅子に座れば、睡眠不足で寝てしまったせいもあるんだけど。
わずかながらに残る、ぎこちなさとよそよそしさも気付かないふり。
あたしも佐村も。お互い気を使ってしゃべっているのが、なんとなくわかるから。
それでも、この旅の終わりが苦しいものにならないように、お互いがお互いを労わってる。
いずれこの空気も、教室の喧騒に飲まれて、無くなっていくだろう。
何も無かったかのような普通の友達に。
隣の席の、ちょっとうざい存在に戻る。
そして、夏休みが終われば席替えが行われて、二年の時のように、佐村は目の端に映るただのクラスメートになるんだ。
唇をかむ。
ずきずきと頭が痛くなって、目の端が熱くなる。
こめかみが痛い。
***
電車は地元の駅へとたどり着いた。
夕方が近付いてきたこの時間はホームに人はまばらで、あたし達と入れ替わりで電車に人が乗り込むと、誰もいなくなってしまった。
「俺は、あっちの電車乗るんだけど、竹永は?」
「あたしは、あっち」
お互いの乗る電車を確認し、もうここで別れだということに気付く。
「また、明日」
小さく手を振って、笑いかける。
佐村はこくりとうなずいて、階段に向かって歩き出した。
背中が、遠くなる。
押し寄せる、既視感。
ああ、そうか。あたし、この旅行で、佐村の背中ばかり見てた。
いつも少しだけ遠くて、その距離が寂しくて。つい手をのばして、そのシャツをつかもうとしてた。
頼もしい佐村の背中を見つめては、「こういうのもいいな」なんてちょっと思ってた。
口から言葉が出かかる。
何を言おうとしたのかなんてわからない。
ただ、口だけがぱくぱくと動いてた。
遠い背中に向かって、手が勝手に伸びる。
つかめるはずもないのに。
明日も0〜3時更新予定です。
はじめての×××。オススメ作品のリンクを張り替えました。
☆〜4/18までのリンクしていたオススメ作品☆
風海南都さん作
Shorty!〜僕の彼女〜
http://ncode.syosetu.com/n7305d/
☆4/19〜からリンクするオススメ作品☆
藤村香織さん作
あさぎいろの空
(リンクしてありますので、そちらからどうぞ)
浪人生のちなみの姿がとてもリアル。
ちょっとおっさんくさい篠原や、予備校で仲良くなる希代子(同名!)のキャラもとても魅力的です。
少しずつ歩んでいく主人公の姿はなんだかほっと癒されます。
等身大の女の子の姿に共感すること間違いなしです。
短い期間だけですがリンクしていますので、まだ読んでいない方はぜひぜひどうぞ!