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36:離れていくだけ。

「あ、竹永。起きてたんだ」


 食事を終え、ほっと一息ついた時だった。

 髪をぼさぼさにしたままの佐村がダイニングへ入ってきた。


「ああ、うん。……おはよう」

「メシは? 食べ終わった?」

「うん」


 わざとらしいくらい明るい声。でも、きっとそう思うのは、昨日の出来事を知っているから。知らない人から見たら、佐村は驚くほどいつも通りだった。

 バイクに乗ったからなのか乱れてしまった髪を手で直しながら、テーブルの前に座る。


「帰るか」


 にっと笑って、あたしの顔をのぞきこんでくる。

 はれぼったいまぶたに気付かれたくなくて、あたしはすぐさま目を伏せた。


「伯父さんが送ってくれるって。準備してこいよ。俺は終わってるから」

「うん」


 ごちそうさまでした、とキッチンにいる伯父さんと伯母さんに呼びかけて、屋根裏部屋へと戻る。

 鏡を取り出し、自分の顔をもう一度見て、ため息をもらした。


 ひどい顔だ。


 二重まぶたはふくれまくってるし、顔色だって悪い。


「郁ちゃん」


 階下から呼びかける声。顔を出すと、伯母さんがタオルをあたしに差し出した。


「温めたタオルと冷たいタオル。交互に当てれば、腫れもひくから」

「ありがとうございます」


 人から見ても腫れてるのわかるか……。

 伯母さんの気遣いに感謝しつつ、タオルを受け取る。


「何があったのかは聞かないけど、元気出してね」


 伯母さんの優しい言葉に思わずうっと涙が出そうになりながら、これ以上泣くわけにもいかないから、うなずくだけでタオルを目に押し当てた。





 ***



「あれ? 駅じゃないの?」


 伯父さんの車から降りると、そこは平行して川が流れる道路の脇だった。遠くには緑鮮やかな山がそびえたち、大きな川が悠々と姿を見せる。

 川の反対側には土産物屋がずらっと並び、店先で店員さんと思われるおばさんがほうきで道路を掃いていた。


「華厳の滝でも見て帰りなさい。伯父さんはそこの喫茶店で待ってるから」


 伯父さんの計らいで、華厳の滝に来てしまったらしい。

 思わず佐村を見上げると、目をそらされてしまった。


「しょうがねえ。行くか」


 佐村は伯父さんに軽く手を振って歩き出す。あたしもその後ろを慌てて追いかける。


 スタスタと歩いていってしまう佐村の背中を見つめながら、昨日のことを思い出す。

 こんな風に一歩後ろを歩くあたしを、佐村は時折振り返って笑顔をくれた。

 だけど、今日は……けして振り返っては来ない。


 少しずつ広がる距離。


 でも、この距離は、あたしが作ったものだ。


 追いつこうと走ろうとして、足を止める。


 もう縮まることはない。離れていくだけ。一定の間隔をあけて、友達としてずっと。


 胸に溢れてくる寂しさは、きっと抱いてはいけないもの。


 ……振ったのは、あたしだ。


「竹永」


 あたしが止まってしまったことに気付いたのか、怪訝そうに振り返ってきた。


「何してんだよ。置いてくぞ」


 それでも、足を動かせない。

 じっと佐村を見据えて、突っ立っているだけ。


 三メートルは離れたあたしと佐村。佐村は大きなため息をついて、戻ってきた。


「帰りたい?」


 首を振って、否定する。

 そういうわけじゃない。帰りたいわけじゃない。


 ただ、どうしたらいいか、わからないだけだ。


「じゃあ、行こう」


 佐村が二、三歩進んでも、あたしは歩き出さない。

 何をしてるんだろう。何がしたいんだ。


「どうしたんだよ」

「……行く」


 か細い声で答えたら、佐村の笑い声が聞こえた。


「じゃ、進めって」


 踝を返して歩き出した佐村のシャツを知らず知らずのうちにつかんでいた。

 先っぽだけをつかんだのに、佐村はすぐに気付いて、「ん?」と笑う。


「佐村、歩くの早いんだよ」


 自分でもわけがわからないいいわけ。

 子どもが置いてかれないように必死な姿みたいで、恥ずかしい。


「竹永が遅いんじゃねえの?」


 そう軽口を叩いて、体をあたしに向け直す。その拍子で、つかんでいたシャツが手から離れていく。

 ひっこめようとした手の先を、きゅっとつかまれた。

 少しかさばった、温かい手。

 じんわりと沁みてくる温もりに、心が震える。


 あたしより頭一個分くらい大きい佐村を見上げて、すぐに足元に視線を落とす。

 佐村の少し汚れたスニーカーとあたしの黒い靴が目に入って、その距離の近さを測ってしまった。


「嫌なら、離すけど」

「……嫌では、ない」


 あたしを見下ろす佐村の目は、変わらず、優しい。


 黒目がちの目は太陽の光を受けてきらめいて、少し困ったような笑みが口元から零れ落ちる。


 佐村の手に引っ張られながら、一歩一歩歩き出す。


「手がかかるやつ」

「うるさい」


 目の端で、川面が光を受けて輝いていた。

 とうとうと流れる川の脇を進みながら、心の中の何かが、ぱちんと弾けた音を聞いた。





二日も休んで申し訳ありませんでした……。

4月の終わりごろまで少し多忙のため毎日更新が厳しいのですが、出来る限り頑張ります。


明日は0〜3時に更新します。

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