34:羽は生えてこない。
傷つけることしか出来ないあたし。
佐村とは正反対のあたし。
涙はいつまでたっても止まらない。
佐村の指があたしのこめかみをぬぐって、その部分だけが名残惜しそうに熱を残す。
何も言わず、佐村はタオルをあたしの横に置いた。
佐村の手の重みでたわんでいた布団が元に戻っていく。
佐村の体が離れていく。
布を擦る音がして、佐村が布団の中に戻ったことを悟る。
嗚咽をこらえながら、タオルで目を覆った。
あたしがこれ以上泣いてたら、佐村をどんどん傷つけてくだけだ。
泣き止まなきゃいけない。
そう思えば思うほど、涙が溢れて止まらない。
せめて、声だけは殺さなければと、タオルを顔に押し付ける。
明日、佐村と普通に接することが出来るように。
泣き顔をそのままにしちゃいけない。
体を反転させて、枕に突っ伏す。
フウ、と込み上げてくる嗚咽を喉の奥に無理やり押し込んで、ぎゅっと目をつぶる。
佐村の笑顔が脳裏によぎっては、消えていく。
もう、佐村の笑顔は見れないかもしれない。
佐村はもう、あたしをあの瞳ではきっと見てくれない。
あたしのことを気にかけてくれるのは、きっと今日で最後。
――失いたくない。
差し出されたあの手を取りたいくせに、触れたら壊れてしまう気がして、臆病になる。
中学のあの頃のように。
高二のあの時のように。
きっと、佐村にまで嫌悪感を抱いてしまう。
そうなった時の方が佐村をもっと傷つける。
だから。
これでいい。
これでいいんだ。
***
チュンチュン、とさえずる雀の声で、あたしは目を覚ました。
いつの間に寝てしまったのだろう。
泣きはらした目が重い。
まぶたに触れると、いつもよりむくんでいるのがわかった。
佐村にこんな顔、見せられない。
布団に潜り込んでいた顔を出し、朝の冷たい空気を一気に吸い込む。
おびえながら隣の布団を見ると、もう布団は脇に片されていて、佐村はいなかった。
身を起こして、バッグから手鏡を取り出す。
真っ赤に充血した目と、ぷっくりふくらんだ二重まぶた。
どう見ても泣きまくった顔。
短いため息をついて、浴衣を脱ぐ。
洗濯してもらった昨日の服に着替え、もう一度鏡を覗き込む。
どの面下げて佐村に会えばいいんだろう。
どんな風に接すればいい?
笑顔を作らなきゃ。
昨日のことは覚えてないという顔をして、何事もないように振る舞わなきゃ。
自己中心的な答えだけど……友達というポジションにいさせてほしい。
隣の席で、今まで通り。
答えを教えろとせびってほしい。
授業中に突然話しかけてきてほしい。
ほんの少しだけでいいから、あたしを気にかけてほしい。
なんて、自分勝手。
もう枯れたと思ったのに、また涙が押し寄せてくる。
泣いちゃだめだと言い聞かせて、鼻をずずっとすする。
笑わなくちゃ。
いつも通りのあたしを演じるんだ。
すっくと立ち上がり、ニーソックスを膝上まできっちりのばす。
腕を上に押し上げて、大きく伸びをする。
天窓からは明るい光が差してきていて、小さなほこりの粒がふわふわと浮いているのが見えた。
布団を手に取り、畳む。
その度に埃が舞い、白い光が空気の中を踊る。
小さな羽が、飛んでいるみたいだ。
どんなに願っても、背中に羽は生えてこない。
飛ぶことなんて出来ない。
飛び出そうとしたって、ただ落ちていくだけ。
……地面にぶつかって、粉々になるだけ。
明日も0〜3時更新予定です。
最近、休日を爆睡して終わらせています。
春は眠くなる季節ですね・・・