33:戸惑う宇宙。
教室の窓から見た、ラピュタみたいな大きな雲。
降り注いだ光が、あたしの背中を押してくれた。
何もかもを忘れて、逃げたかった。
現実のごちゃごちゃをかなぐり捨てて、何も考えずにいたかった。
――願いを叶えてくれたのは、佐村。
雲間から見えた一筋の光は網膜を刺激して、目を開けても光の粒が降り注ぐ。
迷走するあたしの思考回路は惑いながらも、答えを導き出そうと動いていた。
片隅に現れた、ひとつの答え。
それはすべてを飲み込む、真っ黒な物思い。
一瞬で覆い尽くされて、あたしの口はその答えを零していた。
「……ごめん」
そうつぶやいた瞬間、時が止まったかのようだった。
自分で出した答えなのに、全く違う別の誰かがいきなり横やりを出してきたみたいで、あたしは呆然とする。
なんで。
どうして。
佐村を、好きじゃない?
あたしは、佐村が好き?
……わからない。
あたしは、高三にもなって、恋心をひとっつもわかってない。
どんな気持ちになるのが、恋だというんだろう。
どんなに「好きだ」と言われても、心は傾かない。あたしの頑固な心。
好きという気持ちが、わからない。
だから、誰と付き合っても、嫌悪感しか生まれない。
怖い。
きっと佐村にも、あたしは、嫌悪感を抱いてしまう。
だから、怖い。
濃紺の空に散らばる星。
見つめて、涙をこらえる。
互いの吐息しか聞こえない、この小さな部屋で。
佐村は長い息を吐いた。
「そっか」
そう言って、佐村はトーマスを小突く。
「笑ってるよ、こいつ」
「……元からだよ」
縮まっていた距離が、急激に遠のいていく。
トーマスの機関車で仕切られたこの境界線は、本当に境界線となって、あたしと佐村の間に決定的な亀裂を作った。
「悪い。忘れていいから」
「……ごめん」
謝ることしか出来なくて、涙がこぼれないように目に力を入れる。
満杯に張られたコップの水のように、あたしの目の前は危うい均衡を保ち続ける。
「つうか、忘れろ。明日はいつも通りに、さ」
明るくそう言ってくれる佐村の優しさが、今はただ苦しいだけ。
明日も顔を合わせるのに、気まずくなるのは悪いと、佐村は気を使ってくれてる。
佐村は、あたしの気持ちを一番に考えてくれてる。
そんなの、鈍感なあたしだって、気付いてるよ。
だから、そんな風に言わないで。
心の中で佐村に訴えかけても通じるわけもない。
ふと、こめかみに触れる、温もり。
はっとして目を動かしたら、ぼろぼろと涙が落ちた。
違う。気付かなかっただけで、あたしはもうこれでもかと泣いていた。
目の端から、こめかみに流れ落ちていく涙を、佐村はそっと拭ってくれたのだ。
あたしがこんなにも泣いているから。
佐村は、申し訳なさそうに謝る。
深海の底から、水面を見つめている。ゆらゆらと光を受けて群青色に染まる世界。
そこに映る佐村の顔。
あたしを苦しめないようにと浮かべた笑顔。
だけど、その目は。ひどく寂しそうで。
ぽつんと一人佇む世界で、月を見上げた時のように。
切なさだけが心を占めていく。
――どっちが地球で、どっちが月なんだろう。
月の引力が無いと狂ってしまう地球と、地球に大きな影響を与え続ける月と。
最初から気付いていたじゃないか。
あたしは佐村の影響を一身に受ける。
月の光は。
道に迷わないようにと、あたしを追いかけてくる。
淡い光を注いで。
あたしを優しく包んでくれる。
窓の端に見える欠けた月。
ウサギが跳ねて、あたしは追いかける。
でも、追いつけない。
迷い込んだ、不思議の国は。
不条理だらけの現実を鏡で映す。
あたしは――
後悔するのだろうか。
この答えを、悔いるだろうか。
佐村を失いたくないと思っているくせに、佐村の手がすぐそばに来ることが怖い。
不条理だらけの、心。
ただ、涙だけがとめどなく溢れた。
いろんなことに迷って戸惑って、自分の気持ちもよくわからない。
そんな主人公の姿はじれったくてまどろっこしい気がします(笑)
執筆の手が止まると、いただいたご感想を読み直しています。
やる気がぼわっと出てきます。
読んでくださる方々からもらえるパワーというものはものすごいです。
ありがとうございます!
明日も0〜3時更新予定です。