表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/53

29:越えた境界線。

 斜めになった天井は、立ち上がると頭をぶつけてしまいそうなほど低い。

 一番高いところなら、佐村でもまっすぐ立てるだろうけど。


 長方形の小さな窓から、白く光る星が見える。

 いつもより近くに星があるように思えるのは、ここが屋根裏だからだろうか。


 佐村はやっぱり何もしゃべらない。

 静まり返っているのに、居心地は悪くない。穏やかな気持ちだけが黙々と流れる。

 心がほぐれていくのがわかる。

 充満している安心感を胸いっぱいに吸い込んで、ふ、と息を漏らしたら、急に寂しさが込み上げてきた。


 小さいころ、夜中に起きて、そばに誰もいないことに気付いた時のような、そんな不安感。


「佐村、寝ちゃった?」


 仰向けで寝ていた体勢を崩して、佐村の方に体を向ける。

 佐村からの返事は無い。


 寝ちゃったのかな。


 自分でやったことだけど、離れた布団の距離がよけいに寂しさを煽った。


 佐村を起こさないようにと音を立てずに布団から這い出ると、布団を引きずって距離を縮める。

 真ん中を走っていたトーマスの機関車が布団に当たって、がたがたと倒れた。


 今の音で佐村が目を覚ましたらどうしよう、とあたしは身を固くして、佐村を見入る。

 離した布団を寄せてる姿なんて見られたら、滑稽すぎて笑えるじゃないか。


 佐村は微動だにしない。


 ほっとして、緊張した体から力が抜ける。


 布団の距離はトーマスを挟んで三十センチ。


 倒れたトーマスを直しながら、そっと体を伸ばす。


 本当に佐村は寝てしまったのか。狸寝入りしてるんじゃないか。


 あたしに背を向けたままの佐村の顔をのぞくため、膝立ちのまま、佐村の布団にそっと片手を置いた。

 そのまま体を寄せていくと、あたしの長い髪がさらさらと落ちていった。


 佐村の首筋をなでていく髪の毛を慌てて押さえる。


 闇に慣れてきた目は、佐村の寝顔を映し出す。


 濃紺に染まった世界で、佐村は目をつぶり、小さな寝息をスウスウと漏らしていた。


 ……寝てる。


「つまんない」


 夕方、居眠りをしてしまったせいで、目が冴えてしまって眠れそうにない。

 テレビもないし、ペンションとはいえ人の家をうろちょろするわけにもいかない。


「佐村」


 小さく呼びかける。反応は無い。


 ため息をついて、布団に戻ろうとした時だった。


 髪が引っかかって、引き止められる。


 一瞬何が起こったかわからず、怖くなって「ひっ」と悲鳴をあげてしまった。


「襲われるのかと思ったのに」


 闇夜に響く、押し殺した低い声。

 閉じてしまった目を開けて、佐村の手を凝視する。あたしの髪を掴んでいたのは、佐村の手だったのだ。


「……びっくりした」

「俺のほうがびびったっつーの」

「寝てるかと思った」

「寝たふり」


 あたしの髪から離れていく佐村の手。名残惜しそうに落ちる髪は、竪琴を引く手の中で滑っていくみたいに、佐村の手をすり抜ける。


「あれだけ寝まくりゃ、寝られないよな」

「……うん」


 床下からかすかに笑い声が聞こえてくる。ホウ、ホウ、と鳥の鳴き声が遠くから響く。


 青白い月の光が、小さな窓から降り注ぐ。


「境界線、越えてるぞ」

「領空侵犯は許されてるから」

「トーマスが笑ってる」

「元からだよ」


 真夜中の空気は、心をほだすのかもしれない。

 いつもは絶対に立ち入れさせないあたしの心の境界線。


 それが緩んでいくのがわかる。


 闇夜の中。


 月明かりを浴びる佐村の目は、宇宙を漂う星のように光を反射させる。


 ままたきするたびに明滅して。


 あたしは息を飲んでその目に見入っていた。





隣でいち早く寝るやつがいたら、絶対にいたずらしたくなります。

マジックを持たせたい衝動に駆られたのは、気のせいではありません。


ご感想、本当に励みになります。

読んでくださる皆様に、感謝です(^^)


明日の更新も0〜3時を予定しています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ