28:夜が始まる。
無言のダイニングルーム。
お風呂を使うために二階から降りてきた客の声と、テレビの中のお笑い芸人の声がBGMとなって、居心地の悪さを少しは緩くしてくれる。
佐村と同じ部屋で一泊。
正直に言ってしまえば、あたしは男の子と外泊なんてしたことない。
キスさえ嫌がる女が、その先のことなんて踏み込めるわけもなく。そうなるかもしれない状況から逃げてきたことは言うまでもない。
それなのに、こんなことになってしまうなんて。
佐村を信用してないわけじゃない。
でも、佐村だって男だ。いきなり野獣に変わることだってありえる。
つい佐村を睨むと、佐村は慌てた顔で「俺のせいじゃないって!」と首を振った。
「何もしない?」
「……たぶん」
「たぶんってなに? たぶんって!」
「いや、何もしないって! たぶん」
「だからどうしてたぶんってつけるの!」
「そうとしか言えねえだろ! 俺だって男なんだし!」
一気に顔から血の気が引いていくのがわかった。
そうだ、佐村も男だ。襲われるかもしれない。自意識過剰? そんなことない。だって、佐村だって男だもん。
「何もしねえよ。付き合ってない女に手を出すほど、ちゃらけてないから、俺」
「ほんと?」
「男のそういう言葉は信用しない方がいいぞ」
「じゃあ、あんたの言葉だって信用できないじゃん」
そうだよ、と佐村は力無く笑い、座っていたソファーの背もたれにどさりと寄りかかる。
「俺はここで寝るよ」
「でも」
「手を出しちゃうかもしれないぜ?」
いたずらっぽく笑う佐村は、あたしから視線をはずさなかった。
顔は笑っていても、瞳の奥は真摯な佐村のまま。
冗談で言った言葉が、逆にそわそわした気持ちをおさめてくれた。
佐村は、そんなことする人間じゃない。
「じゃ、一緒の部屋で泊まろう」
「はあ?」
目を丸くする佐村に、あたしもいたずらっぽく笑いかける。
「信用してるから、佐村を」
なんでそんなことを言い出してしまったんだろう。
もしかしたら、佐村を試そうとしていたのかもしれない。
佐村が、どれだけあたしを思ってくれているのか、試そうとしたのかもしれない。
あたしを好きなら、きっと手を出してきたりしない。
好きという恋愛感情が無かったとしても、佐村なら手を出してこない気がしたんだ。
……もしかしたら。
あたし自身を試そうとしているのかもしれない。
あたしは、佐村と一夜を過ごして、どんな感情を持つのだろう。
どんなことを思うのだろう。
誰かと一緒に過ごす夜を経験してみたくなった。
あたしの頭の中のネジは、やっぱりはずれっぱなしみたいだ。
***
寝るために浴衣に着替えて、屋根裏部屋へと向かう。
戸惑う佐村を引っ張って、無理やり部屋へと押し込んだ。
これじゃあ、あたしが痴女みたいだ。佐村を襲おうと必死みたいな。
電気をつけると、屋根裏部屋とは思えないほど明るくなる。
二つ並んだ布団がぴったりとくっついているのに気付いて、頬が引きつった。
おもむろに布団の端をつかみ、ずるずるとひっぱって離す。
一メートルくらい離れたところで足を止め、目に付いたおもちゃを引っ張り出して、布団と布団の間に置いた。
「なんでトーマスの機関車を走らせてんだよ」
「境界線」
「トーマス、めっちゃ笑ってんだけど」
「元から笑ってるよ、トーマスは」
にんまりと笑うトーマスが今はあたし達をあざ笑っているように見えた。
「電気、消して」
「そういうエロイ発言すんな」
「えろいの?」
「……なんでもありません」
立ち上がった佐村は、電気を消してくれた。急に暗くなった部屋には、降って湧いたように沈黙が訪れる。
がさごそと動く音で、佐村が布団にもぐったことがわかった。
あたしも布団に体を沈める。
あたしに背中を向けた佐村。
いつもはあけっぴろげでオープンな佐村から、初めて「近付くな」というオーラを感じる。
なんか、微妙な空気。
「佐村、しゃべってよ」
「何を」
くぐもった声がいつもより冷たい。
「怒ってる?」
「怒ってんじゃなくて。早く寝ようとしてんの」
「なんで?」
「察しろよ」
よくわからん。
「何もしない」そう言う男は信じちゃいけません(笑)
明日も0〜3時更新予定です。