表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/53

24:迷いながら、楽しみながら。

 佐村の腰に手を回すと、必然的に体も引っ付いてしまう。照れくさいし、恥ずかしいし、隙間を作ろうと体を必死に後ろに引くあたしは、なんとなく間抜け。


 てかった路面にバイクのライトが反射する。信号の光が地面にぼやけた青い影を落とす。

 うなるエンジン音を聞きながら、あたしはかぶったメットの前面をそっと佐村の背中に当てた。


 体をそらすのに力を使いすぎて、疲れてしまったのだ。

 この一センチくらいのメットという壁が、あたしにとっての最低限のバリア。


 これまで張り巡らせてきたものを思えば、なんて薄い、脆弱なバリアだ。


 小雨のくせに頬に当たると針みたいに痛い。

 鼻の頭が赤くなってるのもわかる。耳も凍りついたみたいだ。


 道路が赤く染まる。速度を落としていることで、信号が赤になったことに気付いた。


 鋭い音を立て、バイクは白線の前で止まった。


「竹永はさ」

「なに?」


 片方だけ地面についた佐村の足に目をやると、ジーンズが水分を含み重そうだった。


「腕時計買う時はどういうところを気にする?」

「なにそれ」

「いや、なんとなく」


 左手にはめた腕時計をちらりと見る。ロゼモンとかいう、スイス製の時計。小さなバラのマークが文字盤に入っていて、ピンクゴールドのバンドが女の子らしい。

 高校入学の時の、家族からのお祝い。


 センスの無いうちの母が選んでくるというので、「あたしも一緒に行く!」と言い張って、弟と母とで連れ立って行った駅ビルの時計屋で買ったものだ。

 値段も高校生がするものとしては高かったけど、少女すぎず、レトロでノスタルジック、大人っぽくもあるこの腕時計は、ずっとずっと使える気がして、迷わず選んだものだった。


「長くずっと使えるかどうか、かな」

「竹永らしいな」


 小さく吹き出しながら佐村は言った。


「デザインとか機能とか言うだろ、普通」

「普通ってなによ。知らない、そんなの」


 なんで笑われてんのかわけわかんない。むくれながら、「佐村は?」と聞き返す。


「俺? 俺はそうだな……すぐ壊れる腕時計」

「なにそれ、佐村のがおかしいよ」

「愛着湧くだろ。手をかけなきゃいけないから」

「変なの」


 あたしの答えより、佐村の答えの方がずっと変。

 すぐ壊れる時計なんてわずらわしいだけじゃないか。


「その質問って、なんか意味あんの? 心理テスト?」

「秘密」


 佐村は秘密主義だ。

 肝心なことはそう言ってごまかす。嫌なやつ。


 メットをかぶったままの頭で、佐村の背中に頭突きしてやる。

 鈍い音がして、佐村の背中がのけぞる。


「痛え! なにすんだよ、竹永!」

「頭突き」

「それはわかるっつーの」


 恨めしげに睨んでくる佐村に向かってほくそ笑んで見せて、素知らぬ顔で「ほら、信号変わったよ」と注意してやる。

 佐村は「覚えてろよ」とぼやきながら前を向くと、スロットルをぐいとひねった。


 ぐんと重力を感じて、佐村の腰に回した手に力を込める。


 糸のような線を描く雨が横切っていく。雨をさえぎる大きな杉の木は、ぶるぶるとたまに震えて、水滴を涙のように落としていく。



 日光に来て数時間。たった数時間なのに、あたしの心はめまぐるしく動く。


 穏やかになったと思えば、急にイライラして。すっきりしたと思えば落ち込んで。楽しくなった途端に苦しくなったり。



 心が追いつかなくて、戸惑うばかり。



 だけど、不思議なことに、息が詰まりそうなあの教室にいるよりも断然、心が弾んでいる。


 狭苦しい教室。

 淀んだ空気の掃き溜めみたいな中で、心に毒を溜め込んでいた。


 苦しいつらいと思う心が、どす黒く変色していくのがわかった。


 今。


 ここにいる、あたしは。

 心が軽くなっていくのが、わかる。


 苦しみも辛さも、白くなるんだ。


 澄んだ空気の中にあるそれは、人生の迷い道。


 迷い道だからこそ、楽しめるってことに気付かなかった。

 心細くて不安で怖くて、でも、見たことも無い光景に心奪われる。


 知らない場所の知らない感情に振り回されながら、それでも、心は躍る。


 迷って寂しくなって、発見して楽しくなる。


 暗い闇に向かう、未来のレールは。


 今のあたしには、真っ白の光に向かうレールに見える。


 見えなくても、そこは暗闇じゃない。


 希望の光なんだ。









佐村が聞いた「腕時計を買う時、気にすること」の意味は、知ってる方は知ってると思いますが、最終回近くでわかります。


何のことやら???な方は、ネタばらしまでもう少しお待ち下さい(^^)


明日の更新は0〜4時の予定です。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ