23:意地悪な神様。
触れた手は、離されることなく。
あたしは佐村にぐいぐいと引っ張られながら斜め後ろを歩く。
歩くたびにはねる佐村の髪の毛から、雨がひたひたと落ちる。
それを眺めることで、全神経が手の平に集中していることに気付かないふりをする。
一年位前のこと。
二人目の彼氏はサッカー部の人で、男らしくて、佐村よりずっと大きな背中をしていた。
甘いマスクっていうよりは精悍な顔つきで、付き合うことになった時は、周りの女の子から羨ましがられた。
「一年の時からずっと気になってた」
そんなセリフを少し照れた顔で言われて、あたしは少し舞い上がってた。
もしかしたら、この人なら。好きになるんじゃないか。
中学生の時に感じた不快な感覚は、きっとこの人なら大丈夫なんじゃないか。
あの嫌悪感は、まだ幼かったからで、恋愛というものがわかっていなかったから触れられるのが怖かっただけなんだと、言い聞かせた。
だけど。
強引すぎる手の取り方が怖かった。
キスを嫌がれば、「なんでだよ」と顔をゆがめて、たぶん怒ってた。
彼は怒ってるのを露にはしなかったし、優しかった。
なのに……あたしは彼を好きにはなれなかった。
結局は、何も変わらない。
中学生のあの頃と、あたしは何も変わらない。
人よりもきっと少しだけ怖がりで臆病で、そして本当の恋を知らないまま。
どんどん大人になっていく。
心のどこかであきらめてた。
あたしは誰とも触れ合えない。触れ合うことが怖いから、きっと恋に落ちることも無い。
恋なんてしなくたっていい。
強気でタフな女になりたい。
広すぎるバリアを張り巡らせる。
誰も踏み込めないような、頑丈なバリア。
それなのに。
そう、思っていたはずなのに。
佐村の手は。
いとも簡単にあたしのバリアをぶっ壊した。
温かくて優しくて、だけど力強くて。
嫌悪感なんてどこからも出てこない。
伝わってくる体温も、流れ落ちてくる雨粒も、ごつごつした手の平の感触も。
包み込んでくるみたい。
こんなのは、初めて。
――初めてだ。
***
降り続く雨は小雨に変わっていた。
真っ黒だった雲も薄いグレーに変わっている。
しとしととそぼ降る雨音は木立の中に吸い込まれていって、雨はあたし達をさいなむことはない。
「バイク、乗って帰れそうだな」
腕時計を見ると、三時過ぎだった。まだこんな時間なんだ。薄暗いから、五時近くになっている気がしてた。
「安全運転してよね」
「わかってる。路面、すべるしね」
メットをかぶり、カブに跨った佐村の後ろに座る。
「ちゃんと掴まれよ。すべるかもしれないんだから」
「掴まってほしいんでしょ?」
「そうとも言う」
佐村のベルトを右手で掴んだはいいが、どうしようかと逡巡して、そのまま固まってしまった。
……どうしよう。
エンジン音が杉の木を震わせる。
見上げた空は、やっぱり雲に覆われていた。
もし。もし一瞬でも、青空が垣間見えたら、佐村に掴まろう。
ここに来た時みたいに、佐村のベルトとリアキャリアを掴むんじゃなくて。
ちゃんと、佐村に掴まる。
小さな賭けをして、もう一度空を仰いだら。
なんの運命のいたずらか。
分厚い雲の隙間から、薄い水色がほんの少し顔を出しているのが見えた。
嘘でしょ、と一人ごちると、佐村が「なんだよ」と振り返ってきた。
「なんでもないよ」
「もう行くぞ。掴まれって」
仕方なく、おそるおそる。
大振りな円を描きながら、腕を佐村のお腹の方へと動かしていく。
なんか……あたしの今の動き、絶対変態っぽい。
なんでこんなことになるんだろう。
神様は、意外と意地悪だ。
更新おそくなってすいません!
またもや寝てしまった・・・!
明日こそは0〜3時更新予定です。
昨日の更新分の後書きででちびまることか言ってしまったせいで、主人公のイメージがちびまるこになってしまいました。