21:溺れる雨。
ざわつく雨が、あたしと佐村の間を通り過ぎてゆく。
雨音だけが木霊して、頭がずきんずきんと痛くなる。
佐村の顔が見れない。見たくない。けれど、目線はなぜだか上にいって、佐村の顔色を伺っていた。
佐村は、じっとあたしを見つめていた。
「……ひでえな、お前」
雨音にかき消えそうな声は、かすれて聞き取りづらい。それでも、ぐさりと心をえぐっていく。
何を言ってるんだ。――えぐったのは、あたしの方。
残酷な言葉で、佐村を傷つけた。
「ひどいのは、佐村の方だよ……」
あたしは悪くないのだと、自己防衛を繰り広げようとして勝手に出てくる言葉は、佐村に向かってこれでもかと凶暴な刃先を向ける。
あたしは、それを止めようと思うのに、止めることが出来ない。
「そうやって、同情するのなんて、ほんとの優しさじゃない」
「竹永が何を言いたいのか、俺にはわからねえ」
「あたしのこと……哀れんでるじゃん」
目にまで入ってくる雨がうざい。だんだんと濡れていくシャツが、体にはりついてくる。
「哀れむって、なんで」
「馬鹿みたいに現実逃避したがってるやつに、同情してるだけじゃん」
本当に、馬鹿みたいだ。こんなことを言って、何になるの。
苦しい、苦しいと叫ぶあたしが、心のどこかで溺れかかってる。
飲み込んだ水が吐き出せなくて、息が出来なくなってくる。
「なんでそういう結論になるんだよ」
「だって、そう言ったでしょ!」
「いつ」
「言ったよ、さっき!」
雨の向こうの佐村はかすんでよく見えない。雨のせいなのか、あたしの目が曇り始めたせいなのか。
古びた映画のスクリーンを見ているかのよう。
傷だらけのフィルムは、画面いっぱいにノイズを入れ込んで、本当の映像を見えなくさせる。
何も見えない。
あたしには、もう、何も。
「佐村はそうやって誰にでも優しくするんでしょ。そんな優しさは、あたしにはいらない!」
勢いだけで出てくる言葉。それは吐き出すみたいに次から次へとこぼれ出て、中身が空っぽになっても、きっとそれでも終わりを知らない。
「あたしには、必要ない! あたしは、優しくなんかされたくない!」
息が、止まりそう。
怪我した手が痛い。雨に当たる目が痛い。カラカラの喉が痛い。――心が張り裂けそうで、痛い。
「わけわかんない。なんでそうなの? 同情で優しくされたって、嬉しくなんかないよ」
次々に降る雨は、あたしのすべてを冷やしていく。
体は凍え、がたがたと震えて。
苦しい、つらい、とあえぐ。
わけがわからないのは、あたしのことだ。
どこから湧き出てくるかもわからないこの負の感情を、一体どれだけ吐き散らせば、気が済むのだろう。
優しくしてくれる人まで、傷つけているのに。
それなのに、永遠と噴水のように吹き出てくる。
「竹永」
ザザザ……と、杉の木から雨粒が勢いよく落ちた音がした。
「竹永」
呼びかけてくる、優しい声。
「俺は、同情とか憐れみとかでお前をここに連れて来たわけじゃない」
感情的に声を荒げるあたしとは対照的に、佐村は穏やかな口調を崩すことは無かった。
「竹永だから、俺はここに来たいって思ったんだ」
ぼやけた視界の向こうで、佐村はあたしを見つめ続ける。
黒目が大きい瞳は、淡い光を湛えて。
あたしを捉えて、離さない。
「なんで、佐村はそんなに優しいの」
「竹永だから」
「あたしは、嫌なやつだよ」
「知ってる」
そう言って佐村は、ゆっくりと微笑む。
明日も0〜3時更新予定です。
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