20:残酷な言葉。
甘えてるだけだ。
佐村の優しさに。
迷子になった子供が、話しかけてくれた大人に泣きつくようなもの。
誰だっていい。
そばにいてくれるなら、きっと誰だって。
たまたま佐村が優しくしてくれたから、あたしは佐村にしがみつきたくなった。
もし今ここにいるのが、佐村じゃなくても、あたしはきっと同じように、その人に甘えたくなる。
こんなの、おかしい。
こんな気持ちで、佐村の優しさを受け入れるのは、佐村にだって失礼だ。
耳鳴りのような音が、頭の奥に響いてる。
警鐘のようで、体がこわばる。
さっきまでの穏やかな気持ちが、潮のように引いていく。
気付くと、空は真っ黒だった。
***
増していた雲は暗雲となってどんよりと垂れ込んでくる。
大きく伸びた杉の木の先っぽにくっついてしまうんじゃないかと思われるほどの、灰色の雲。
「雨でも降りそうだな」
ゆっくりと下りていた石段の先端にポツリと丸い模様が落ちる。
鼻先をかすめる、冷たい水。
「降って来た」
歩調を速め、一気に石段を下りていく。
まだ雨は本格的には降り出さない。さっきのは気のせいかと思ったけど、いつの間にか石段には丸い小さな跡がいくつもいくつもついていた。
そしてそれは、確信に変わり、頬をパタパタと叩いた。
「竹永、急ごう」
雨を避けるように手をかざした佐村は、リズムよく階段を降りていく。
「早いよ、佐村!」
佐村の背中が遠くなる。少しあせってしまったあたしは階段を踏み外し、ぐらりと傾いた。
やばい、こける。
反射的に左手が横の壁をつかもうと伸びる。だが、滑り落ちた足は勢いを止めず、石の壁を手がすべっていく。
ザリザリとした石の感触と柔らかな苔の感触が手の中を斜めに通り過ぎた。
こんな石の上にこけたら、どれだけ痛いだろう。
一瞬の内に痛みまで想像してぞっとしたが、手が石と石の合間をつかみ、体は斜めに傾きながらも、なんとかこけることは免れた。
尖った石を滑った手が、ひりひりと痛む。
「大丈夫か?!」
先を歩いていた佐村が、石段を上がって戻ってきた。
「大丈夫……」
不自然な体勢のままのあたしを助けようと、佐村の手があたしの二の腕をつかんだ。大きな手は、あたしの腕なんかすっぽりと覆ってしまう。
「怪我は?」
「手の平、すりむいた」
佐村に支えてもらったおかげで、なんとか姿勢を戻すことが出来た。手の平を見ると、皮がめくれ上がっていて、そこが熱を発して痛かった。
「他に怪我は?」
「無い」
手の傷に触れる。ピリピリと全身を痛みが走る。
痛い。
「足元すべるから、手、貸すか?」
「いらない」
冗談だ、とでも言うように笑っている佐村。
体に棘が突き刺さる。この痛みは何?
痛い。怪我したところじゃない部分が、火傷みたいに痛んでくる。
「ほら、行こう」
差し出された手が、向けられた眼差しが。
――痛い。
「佐村のそういうの、うざいよ」
一瞬で曇る佐村の目を、あたしはもう直視できない。
だって。
甘えたくない。
佐村の優しさに取りすがるのは、絶対、間違ってる。
苦しいからとかつらいからとか、そんな理由で、目の前にあるあったかいところに飛び込んでいくのは、間違ってる。
そんなの、甘えてるだけだ。
あたしは、甘えたくない。
佐村の優しさを利用したくない。
あたしはあたしを癒すためだけに、佐村のことを利用してるんだ。
これ以上は、だめだ。
これ以上甘えたら、あたしはきっと溺れてしまう。
再起不能になってしまう気がする。
雨の音が、枝をこすり、葉を揺らす。さんざめく杉の木が、泣いている。
佐村の顔を、雨粒が叩く。何か言いたげに開いた口が息を吸い込んでいったのを、あたしはじっと眺めていた。
「竹永……」
渦を巻き、風が鳴る。木々が激しくうなって、雲が迫ってくる。
「あたしは、いらない」
声を吐き出すたび、壊れていく音がする。地響きのような崩壊の音を、あたしは止める術を知らない。
「あたしには、あんたの優しさは必要ない」
なんて、残酷。
そんな言葉しか言えないのだから。
人の優しさが嬉しいのに、冷たい言葉でしか返せない時期ってありませんか?
反抗期の時ってそんなんばっかだった気がします(笑)
未だにその気はありますけどね・・・orz
明日の更新はお休みします。申し訳ありません・・・
次の更新はあさって3月29日0〜3時の予定です!