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1:隣に座る、嫌いな男。

 高校三年。受験という鬱陶しい言葉が現実味を増してゆく、そんな一年が幕を明けたのは、二週間前だった。




 新学期スタートの日、張り出されたクラス名簿。

竹永郁たけながいく』あたしの名前は六組にあった。


 あたしはひとりクラス名簿を睨みつけ、頭を抱えてしまった。


 三年生は一階の教室になる。だが、六組と七組だけは普通教室が並ぶ校舎を中庭ではさんだ別の棟の三階になるのだ。


 ……面倒くさい。


 あたしは常に遅刻ギリギリ登校。階段を上るという行動だけでも面倒くさいのに、遅刻しないために階段を駆け上がらなければならない。


 早く起きればいいって? そんなこと出来てたら、こんなに毎日走っていない。


 しかも仲のいい友達は六組にも七組にもいない。


 孤独が保証されたようなもんだ。


「お、竹永、同じクラスだな」


 昇降口に張り出されたクラス名簿を睨みつけるあたしの横に、誰かの肩が並んでいた。

 あたしの身長にあわせるように身をかがませて、あたしの顔を覗き込む、この男。


 佐村豊介。二年の時、同じクラスだった男子だ。


「最悪」

「なんで」

「あんた、うるさいんだよ」


 黒い髪の毛をワックスでクシャクシャにしたこのバカ男は、黒目がちの目をくるくるさせて、あたしの後ろを犬みたいについてくる。


 あたしは、こいつが大嫌いだ。


 真逆な人間ほど、そばにいると嫌になる。

 いつもにこやかで(こいつの場合はニヤニヤだけど)穏やかで、周りに必ず人がいる。

 着崩した制服も、ゆるめたネクタイも、たいしてイケメンでもないくせにカッコよく見えてくる不思議なオーラも、あたしから見たら嫌味にしか思えない。


「ほーちゃん! 同じクラスだね!」

「ほー! やったぜ、一年よろしく!」


 佐村の周りを取り囲む、六組の面々。


 あほーのほーだな。


 佐村のあだ名を心の中でけなし、同じクラスになった連中を無視して、あたしは教室へ向かって歩き出した。



 よく言われる言葉がある。


 無愛想。無表情。何考えてるかわからない。怖い。


 全くもってその通り。あたしは、人と笑って話すのも、誰かに自分の気持ちを吐露するのも、感情を顔に出すのも、苦手なのだ。


 伸びてきた髪はとうとう胸より長くなっていて、それが煩わしくて、長い髪を後ろへとなぎ払う。


 そうだ。……煩わしい。何もかもが。






 うざったい佐村が隣の席になったのは、何の因果なのだろう。

 始業式を終えた次の日、早速席替えが行われた。

 隣になった佐村はニタニタ笑いながら、あたしの髪を引っ張ってくる。


「竹永、古文の授業の時、俺が当てられたら、答え、教えろよな」


 お前、受験生だろ。堂々と不正すんじゃねえよ。

 心の声を胃に押し込んで、佐村を睨みつける。


「嫌だね」

「冷たいやつ」

「うざいやつ」


 前の席に座っていた晶子が、あたしたちのやり取りに苦笑いしながら振り返ってくる。


「こいつ、どうにかしてよ」

「ほーちゃんは、誰にもどうにも出来ないよ」


 晶子は、「ね?」と佐村に目配せして、また前を向いてしまった。

 晶子は一年の時のクラスメートだ。たいしてしゃべったことはないけど、明るくて人見知りしないから、あたしにとっては話しやすい部類の人間といえる。


「前期の成績は、竹永が俺にどれくらい答えを教えてくれるかにかかってるんだ。頼む、竹永」

「バカじゃないの」


 疲れる。その一言に尽きる。

 あたしは、気だるい体を机に横たえて、窓の隙間からこぼれてくる風のにおいをかいだ。

 春の香りは、花の香り。甘くて爽やかで、ほのかにすっぱい。


 時がどんどん過ぎればいいと思うのに、このまま止まってしまえばいいとも思う。

 矛盾を抱えたこの気持ちを、なんて呼べばいいのだろう。



 大人になりたい。でも、子どもでいたい。

 行き場の無い、持て余す心。

 濁流のように流れたと思えば、急にせき止められて、ゆるやかに流れたと思えば、滝が現れる。


 大人のようにつんとすましてやり過ごすことも、子どものように暴れて泣きわめくことも出来ない。


 何がつらいのか、何が苦しいのかわからない。

 でも、つらい。苦しい。



 逃げ出したい。



明日も0〜3時に更新します。

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