18:白に戻る。
あたしは佐村という人間を、自分でも気付かぬうちにこれでもかと観察していたのかもしれない。
二年の時だってそうだ。
見えない壁の向こうにいる、自分とは全く違う世界にいると思って、見て見ぬふりを続けいていた。
でも意識の根底で、彼をものすごく見ていた。
小学生が朝顔の観察をするみたいに。毎日観察日記でもつけるみたいに。
――佐村を見てた。
佐村の笑顔をまぶしいと思ってた。逆光の向こう側にいる佐村は、いつもあたしの視界に白い世界を作り出して、その姿をあいまいにする。
そのくせ、輪郭だけははっきりと浮き彫りにして、あたしを眩ませる。
絶対に近付けない。絶対に触れ合うことなんてない。
そんな距離にいた、あたしと佐村。
まるで地球と月みたいな関係だと、そう思っていたけど。
一体どっちが地球で、どっちが月なんだろう。
月の引力が無いと狂ってしまう地球と、地球に大きな影響を与え続ける月と。
答えはおのずと出てきてしまうから、なんだか癪だ。
「竹永、こっち」
腕を取られ、よろけながら佐村の指し示す方向に体を向ける。
壮麗な装飾が施された陽明門。幾重にも重なる木にはたくさんの彫刻が施され、鮮やかな色が目に飛び込んでくる。
日の光に当たり、黄金がキラキラと輝く。
何本も立つ白い柱には渦巻きもようがぐりぐりとつけられていて、一本だけ模様が逆さまになっていた。あれは、何か意味があるのだろうか?
天井には龍の絵。日本昔話のオープニングを思い出してしまう。
獅子や龍や鳥。たくさんの色とりどりの彫刻たち。
息を飲んで見つめながら、門をくぐり抜けていく。
「奥社に行こう」
「奥社?」
「あっち」
朱が目に飛び込んでくる建物の奥に、何人かがお金を払っている後姿が見えた。
「ここの料金は俺が払うから」
「いくら?」
「520円」
入るときに1300円もかかったのに。また払うの?
「いいよ、そのくらいなら出す」
またおごるだのなんだののやりとりを繰り返すことになるなんて。
あたしは佐村の恋人じゃない。おごられる筋合いなんてひとかけらもないのだ。
さっさと千円を財布から出して、料金所にお金を差し出すと、横から佐村に千円を奪われた。
「俺のわがままだからさ。おごらせて」
「やだよ」
「遅刻の侘び」
「もうそれはもらったじゃん」
「あれは伯父さんのおごり」
千円札を押し返されて、仕方なく受け取る。戻ってきてしまった野口英世は、ちょっと寂しそうに見える。
「あっち」
平和そうにうとうと眠る、眠り猫の彫刻。昔飼ってた猫の姿を思い出して、心が和む。
縁側の座布団の上で寝てるみたい。
眠り猫の裏手には雀がのん気に飛んでる彫刻があった。木漏れ日がよけいにのんびりとした雰囲気を煽ってくる。
聳え立つ門の向こうに長い石段が見えた。
苔むした石の壁。周りを取り囲む杉の木。
急に飛び込んできた威圧的でさえある厳かな雰囲気に飲み込まれそうになりながら、あたしは一歩一歩階段を上り始めた。
上空でさわさわと杉の木がざわめく。木の葉の擦れ合う音が、静まり返った耳の奥をくすぐっていく。
零れ落ちてくる光の模様が、石段を白く染めて。
長い、長い階段。
踏みしめるたびに、呼吸が上がっていく。
けれど、足を踏み出すごとに、心が真っ白に染まっている気がした。
いや、白に戻っていくんだ。
ぼとぼとと落ちたインクで汚くなってしまった心が、真っ白なシーツをどんどん敷きつめていくように。
心が、洗われているのが、わかった。
寝てしまった(@@;
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