16:無意味な苛立ち。
あたしはきっと、自己中心的でどうでもいいプライドだけは山より高い、わがまま女なんだと思う。
怖いんだ。傷つくのも、ぶつかっていくのも。
「でっかいなー」
佐村ののんびりとした声で我に返る。
鳥居をくぐった時のあたしみたいにあんぐり口を開けて、門を守る仁王象を眺めてる。
急激になぐってやりたい衝動に駆られて、手をぐっと結んだが、あたしを見下ろす仁王像が「やめとけ」と言ってる気がして、手の力を抜いた。
佐村が何をしたいのか、さっぱりわからない。
どこかに行きたいと言う女がいたら、あたしじゃなくても連れて行くんだ。
また今度、そんな言葉だって、結局は社交辞令に過ぎない。
あいまいな言葉ばかり繰り返して、全然、本音が見えてこない。
あたしは戸惑うばっかりで、佐村に踊らされてる感じがする。
佐村がふにゃふにゃ野郎に見えてくる。
なんなんだよ、こいつは。ていうか、あたしはあんたの何なの?
仁王像があたしを睨んでる。
佐村は「かっけー」とか浮かれた言葉を並べて、のん気にきままだ。
「むかつく」
「え、いきなりなんだよ」
心の声がだだ漏れだ。でもしょうがないじゃない。むかついてきたんだから。
「あ、あそこが『見ざる言わざる聞かざる』の猿だ」
のん気な佐村は軽い足取りで、建ち並ぶ豪華な建物にうずもれる、質素な建物の方へと行ってしまった。
何も施されていない木で作られた素朴さ。けれどしなった屋根や、長押にいる三匹の猿の美しい彫刻は、神社の建物としての風格を備えている。
「見ざる聞かざる言わざるの意味って、知ってるか?」
「知らない。まさかうんちく語る気?」
「だめ?」
返事をする気になれず、パーカーのポケットに手をつっこんで、八個並んだ猿の彫刻を順を追って見て行く。
「子供の頃は悪いことを見ないよう、言わないよう、聞かないようにという意味なんだってよ」
「あっそ」
心の中では「そうなんだ!」と感心しつつ、ついそっけない態度をしてしまう。だって、感心した態度なんて見せたら、佐村は喜ぶに違いない。
喜ばせたくないの?
……あたしって、自分が思ってるよりずっと嫌なやつだ。
「俺たちは、もう子どもじゃないんだろうけどさ」
あたしはずっと猿の彫刻を眺めていたけど、佐村があたしを見ているのはわかる。
子どもに語りかけるような、優しい口調。
「悪いことっつーか、物事の嫌な面ばっか見てたら、先には進めないよな」
「急にどうしたの」
「言葉にしても聞いても、心が悪い方にひきずられる」
「とち狂った?」
「お前のこと」
アスファルトの地面がジャリ、と音を立てた。
冷たい水を一気に喉に流し込まれたみたいに、体がすっと冷えていく。
何を言おうとしたのか自分でもわからない。口が勝手に動く。でも声は出てこない。
佐村はふと視線を下げて、小さくため息をついた。
「心配してんだよ」
苦しくなった。吐き出したい言葉があるはずなのに、それは言葉にはならない。
無意味な浅い呼吸だけが繰り返される。
「見ざる聞かざる言わざる」
目を隠し、耳を隠し、口を隠す。彫刻の三匹の猿と同じポーズを取り、目を細めて笑う。
そんな佐村への反発心だけが、広がっていく。
「そんな風に出来るのは、子どもの内だけだよ。大人になったら、嫌でも見なきゃ聞かなきゃ言わなきゃいけないことが増えるんだ」
「でも、法律上は俺たち、子どもだぜ」
「そういう時だけ子どもだって言って、それを盾にするのは卑怯」
口から溢れ出る、いつもより早い言葉。
何をイライラしてるんだろう。
なんで、佐村につっかかっているんだろう。
佐村は、あたしを心配してくれてるだけなのに。
……違う。心配されていることが、嫌なんだ。
同情してるだけって、思えてくるから。
「機嫌悪いな」
「悪かったね」
つっけんどんなことばかり出てくる唇。
素直じゃないのは、人生損する。人を傷つけることしか出来ないあたしは、ただの馬鹿だ。
「あっち、行くか」
急に明るい声を出して、佐村は踝を返す。
遠ざかっていく背中。
風に揺れるシャツが、あたしの指先をかすめていった。
作者はストーブの前で丸くなって寝るのが好きです。
先日もそうして一夜を過ごしました。
5回以上、そんな夜を過ごしています。
風邪、ひきません。
相当なバカであることが判明しました\(^▽^)/
明日も0〜3時更新予定です!