15:特別じゃない、あたし達。
声が震えてしまったのは、もしかしたら答えを知りたくなかったからなのかもしれない。
あたしと佐村の微妙な関係に、今、この時にわざわざ亀裂を入れる必要性があるのだろうか。
あたしのことが好きなの、と聞いて、佐村は「ばれたか」と笑った。
その答えが、佐村のあたしへの気持ちだとしたら、あたしは答えることが出来るのだろうか。
それに、ただ単にからかっているだけだったのだとしたら、こんな風に思い悩む自分が自意識過剰の馬鹿みたいだ。
「なに、突然」
「答えてよ。なんでこんなところに連れて来たの」
意地になって繰り返す。
佐村の目が、杉の木の合間から見える空へと移される。
いつの間にか雲が多くなり、透けるような青はほとんど見えなくなっていた。
「東照宮に来たかったんだよ、俺が」
あっけらかんとした答え。
「……だったら、あたしを連れてこなくてもいいでしょ」
「あのさ、お前だけじゃねえんだからな」
言っている意味がわからない。
誘う相手はあたしだけじゃないってこと?
「どこかに行きたいって思ってるのは、お前だけじゃない」
「……そういう意味」
あたしの中で、いきなり佐村がナンパな男に成り下がるところだった。セーフ。
「俺も、どっか行きたかった。気晴らしに。そしたら竹永も『どこかに行きたい』なんてつぶやいてる。そしたら、一緒にどこか行くかって思うのは、自然だろ」
「……そう、かな」
「違うか?」
「わからない」
もやもやとしたものが心を占めていく。
教室にいた時に感じたもやもやとは全く別なもの。
変なものを吸い込んだみたいに苦しくなる。呼吸困難になる一歩手前みたいな……。
喉元に手をあて、不自然な呼吸を繰り返す。
――あの時。あの夕暮れ。
「どこかに行きたい」とつぶやいたのが、あたしじゃなかったとしても。
佐村はこうして、その子を連れ出したのだろうか。
慈善事業みたいに。苦しんでる子を救い出そうと、あたしじゃなくても。
佐村は優しいから、きっとそうしただろう。
あたしは佐村にとって、別に特別じゃない。
あたしにとっての佐村が、そうであるように。
「竹永?」
「行こうか」
胸のつかえが取れた気がするけど、イガイガしたものが突き刺さったまま。
こんな痛みを、あたしは知らない。
***
「拝観料1300円」
「高っ」
料金所の前で、拝観料が書かれた看板を見上げたあたし達は、値段の高さにただ驚いていた。
この間、家族で京都に行ったけど、どこの神社も仏閣も三桁だった気がする。
まさか、四桁とは……。
「どうする?」
「あたしは別にどっちでもいいけど、見たいって言ってたのは佐村じゃん」
財布を取り出し、中身を確認する佐村。
あたしだってたいした金額は入ってない。帰りの交通費を考えたら、出せない金額ではないけど、出したい金額でもない。
1300円といえども、高校生には意外と厳しい金額だ。
「ここはおごるよ」
「かっこつけんな」
男の子だから、女の子にはおごるなんて、そんなカッコ張りは必要ない。
「誘ったのは俺だし。興味ないだろ? ほんとは」
「そんなの入ってみなきゃわからないでしょ」
そそくさと財布から1300円を取り出し、払う。
遅刻の侘び以外は、おごられるなんて、まっぴらごめん。
「お前、男らしいな」
「おごってあげようか」
皮肉に笑ってみせると、佐村は肩をすくめて財布からお金を取り出していた。
「また今度、別のところでおごってよ」
「また今度があったらね」
……また今度なんて、あるのかな。
灰色をにじませた雲がだんだんと増してゆく。そういえば天気予報、確認してない。
雨でも降るのだろうか。
肩にかけたカバンのヒモをぎゅっとつかむ。
ずれ落ちた靴下が、違和感を生む。
自分のセリフが頭の中を何度も何度もぐるぐると回って、気持ち悪くなってくる。
また今度があったらね? どうしてあたしはこんなことしか言えないんだろう。
また今度があることを、期待でもしてるの?
佐村があたしを好きだといいと、期待でもしてる?
――気持ち悪い。
自尊心の固まりみたいな自分が、心底、気持ち悪い。
東照宮の拝観料高いと思った数年前。
五重塔の前で写真だけ撮って帰りました。
なぜか大満足な気分になりました笑
明日も0〜3時更新予定です。