14:液晶画面の向こう側。
大きな鳥居がそびえ立つ。古びた石で出来た鳥居は、あたしの身長何個分なんだろう。三個じゃ足りなそうだ。五個くらい?
思わず見上げていると、佐村が「口が開いてる」と笑ってきた。
慌てて口を閉じる。
「大きいね」
「日本三大鳥居のひとつらしい」
「そうなの」
「たぶん」
すでに先を歩き出した佐村の背中を追って、すぐ斜め後ろを歩く。
隣を歩けと言われたけど、いいなりになるのは性に合わない。それに、この位置、悪くない。
すぐ前を歩く佐村の背中は思ったより大きくて広くて、男なんだと実感する。
昔の女の人も、こうして男の人の後ろを歩く時、きっと背中にこんな頼もしさを感じていたんじゃないだろうか。
プラプラと揺れる腕を取りたくなるのは、きっと女の子なら誰しもがそうなんだと思う。だけど、あたしは、彼の手より彼の背中を眺めていたい。
そう思ってしまうあたしは、今時の女の子より数センチずれているんだと思う。
佐村は隣を歩かないあたしを不満に思うのか、しかめた眉を向けてくる。
ちょいちょいと動く指が、「隣に来い」と誘ってる。
「あ、五重塔」
ごまかすように、鳥居をくぐって左手に見えた大きな建物を指差した。
赤を基調とした五層の塔。さわさわと揺らぐ杉の木に囲まれ、そこにぽつんと建っている。
少しだけ反り返った屋根の下には、動物が彫られていた。
近付いてよく見てみると、龍と兎と虎だった。
「写真撮るか?」
「カメラ無い」
「俺も無い」
苦笑いする佐村。
「ケータイで撮るか」
ポケットから取り出した折りたたみ式のケータイを開き、あたしに向けてくる。
あたしを撮るのかよ。
「ほら、ポーズ取れよ」
「あたし、写真嫌いなんだけど」
「たまにはいいじゃん」
五重塔の前で、口喧嘩をはじめたあたしと佐村を、通りすがりの観光客が笑って見ている。 急に恥ずかしくなってきて、口を真一文字に閉めて、黙り込む。
「撮りましょうか?」
佐村の後ろから、カップルの女の人が手を差し出して笑っていた。大学生くらいの女の人。 セミロングの髪は内巻きにカールしていて、明るすぎない茶色が髪をより綺麗に見せている。女らしい花柄のワンピースに身を包み、穏やかに笑うその表情は『お嬢様』といったかんじ。
隣に立つ男の人は、目は小さいけど優しげで、黒髪がすごく似合ってる。茶色のジャケットとジーパン姿も背が高い分、様になっていてかっこいい。
「私たちも撮ってほしいの」
「じゃあ、お願いします」
佐村はケータイを女の人に手渡し、あたしの横に並んだ。
「撮るよ」
かざされたケータイ電話の液晶画面の中に、あたしと佐村はどんな風に映っているのだろう。
普通の、高校生のカップルとして映っているのだろうか。
「手とかつながなくていいの?」
男の人の方が、茶化すような口調でそう言った。
「手!?」
佐村を睨み、手を引っ込める。こいつのノリだったら、いきなり手をつないできそうだ。
「はい、ポーズ」
明るい澄んだ声が、合図を出す。佐村は何もしてこないから、なんとなく安心して肩に入った力を抜いた時だった。
肩に触れる、柔らかな温もり。
はっとして佐村を見上げる。佐村は目線だけを動かして、にっと笑った。
引き寄せられた体と、肩を遠慮がちに抱く手。
そこからじんじんと響いてくる、熱。
「はい、撮れたよ」
渡されたケータイ電話の画面の中には、してやったりと笑う佐村と、硬直して顔を真っ赤に染めるあたしと、豪華絢爛に佇む五重塔が写っていた。
***
「ありがとう」
大学生カップルの写真を撮り終えて、彼にカメラを返す。
「かわいい彼女だね」
彼の方があたしの顔をのぞきこみ、爽やかな笑みを向けてきた。佐村は照れ笑いを浮かべて、「よく言われます」とかなんとか言っちゃってる。
だから、なんでちゃっかり彼女にしてんの。
会釈しながら去っていく彼らを見送り、あたしは佐村をぎっと睨んだ。
「あたし、あんたと付き合ってない」
「社交辞令だって。怒ってんの?」
「怒ってるよ」
仲良さげに手を絡めて歩いていくカップル。あたしはあんな風にはなれない。あんな風に誰かに「好きだ」とアピール出来ない。
「二人でこうして出かけてんだからさ、恋人気分に浸ってもいいんじゃね」
「良くない。付き合ってないもん」
「まあ、そうだけどさ」
そうだ。あたしと佐村は付き合ってない。
なのに、どうして一緒にいるんだろう。
どうして、佐村とこんなところに来てるんだろう。
――逃げたかったからだ。重苦しい現実から、逃げ出したかったんだ。
あたしは、優しい佐村を利用してる。
「どうしてここに連れて来てくれたの」
声が震えた。
明日も0〜3時に更新予定です。