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13:カブでお出かけ。

「伯父さん、バイク借りていい?」

「おう、いいぞ。二人乗りするのか? 気をつけろよ」

「わかってる」


 は? バイク?


 佐村の伯父さんにチーズケーキまでいただいて、お腹いっぱいになった頃。

 佐村はオヤジのように腹をさすり、立ち上がった。


「バイクって、佐村、バイク乗れるの?」

「まあね」


 あっさりとそう答えて、佐村と伯父さんは談笑しながらペンションを出て行く。

 ペンションの裏側に回ると、新聞配達の人がよく乗ってる渋いバイクが鎮座していた。ダークグリーンのカブだ。


 ……やっぱりウサギのステッカーがついてる……。


「じゃ、行くか」

「どこに」


 勢いよくスターターをキックすると、エンジンがうなり声をあげる。佐村はカブに跨って、メットをかぶり、あたしの問いかけに首をひねった。


「どこにって、観光に」

「誰と」

「……俺と」

「なんで」

「竹永、ネジ外れた?」


 だって、こんなほそっこいバイクに二人乗りって、しかも佐村とって、危険も危険じゃないか。

 ジェットコースターより怖いんですけど!


「安心して、郁ちゃん。こいつ、中二の時からこれに乗ってるから」


 法律違反です。

 伯父さん、自慢げにしてるけど、伯父さんならそれ、やらせちゃいけないから。


「まあ、乗れって。人乗っけて危ない運転はしねえよ」


 ニコニコの佐村。同じようにニコニコの伯父さん。伯父さんは「はい」と有無を言わさずにあたしの手に赤いメットをのっけてきた。


「大丈夫、大丈夫。豊介を信じて」


 信じられません。命、預けられません。まだ死にたくありません。


 心の中の主張を決して言わせない、佐村と佐村の伯父さんのニコニコ攻撃。

 あたしは半笑いになりながら、仕方なくタンデムシートに跨った。



***



「もっとちゃんとつかまないと、落ちるぞ」


 あたしに気を使ってくれているのか、バイクはかなりゆっくり走っている。落ちるぞ、と言うけど、絶対に落ちないような速度だ。

 バイクの二人乗りって、定番のように女が運転してる男にしがみつくけど、たいして速度が出ていないなら、そこまでやる必要なんてない。


 佐村がつけている太目の革ベルトを片手でつかみ、もう片方の手でステンレス製のリアキャリアをつかむ。これだけで充分。

 この姿勢なら、佐村にひっつく必要もないし、安定もしてる。


「大丈夫だから」

「つまんねんだけど」

「くっついてほしいの?」

「バイクっつったら、そういうノリだろ、普通」

「そんなん知らない」


 エンジン音で声がかき消えるため、いつもより大きな声で会話する。大きな声を出す機会なんてないから、こういうのも少し新鮮。


 声を出すたび、あたしを取り巻く風が喉を通り抜けていく。カラカラに乾いた喉に唾を流し込んで、それでも目は過ぎ行く景色を追っていく。


 風を切り、風になって。


 大きな杉の木が両際で手を広げてる。花粉症じゃなくて良かった。こんな雄大なものを疎ましく思わずに眺めることが出来るから。


「竹永」

「なに」

「気持ちいいだろ」

「まあね」


 素直に認めるのはくやしいから、感情のこもってない返事をわざと返す。


 ほんとは、すごく気持ちいい。


 新鮮な空気を吸い込んで、溜め込んでいた濁った空気が吐き出されていく感覚。

 あたしの肺に充満する、くぐもってねっとりとした空気。空に向かって伸びる杉の木の幹をたどって、開放される。


 冬の澄んだ冷たい空気を吸い込んだ時みたい。

 冷たいけれど、汚れのない澄み切った空気が、肺をぐるりと回っていく。


「もうすぐ着く」


 佐村の声で、あたしはふと我に返る。杉の木ばかりを見ていた目線を、佐村の背中に向ける。


 風でふくらみ、ばさばさと音を立てるシャツ。目の前にある背中はやけに大きく見えて。


 ――触れたくなった。





***



「つうか、本当に東照宮に来るとは思ってなかった」

「行きたいって言ったじゃん」

「佐村がね」

「そう、俺が」


 バイクを停めて、杉並木を進む。

 東照宮を拝観しようとする人たちがのんびり歩いてるのにまじって、あたし達もゆっくりとした歩調で微妙な距離感を保ちながら歩いていた。


 いかにもハイキングといった、帽子にポロシャツのおじさんおばさんがわらわら。あたし達みたいに若いのは、どこにもいない。

 いたと思っても、たいがいが親子連れ。たぶん、親につき合わされてるんだろう。


「さすがにカップルは少ないな」


 佐村の二歩後ろを歩くあたし。佐村はあたしに話しかけるたび振り返ってきて、人懐っこい笑顔を向けてくる。


「竹永」


 急にぴたりと止まる佐村。思わずぶつかりそうになり、すんでで体を直立させ、直撃を避ける。


「お前は大正時代の女か」

「意味わかんない」

「女は男の三歩後ろを下がって歩くってやつ」

「はあ」


 ため息みたいな声を出すと、佐村は眉間にしわを寄せて、手で自分の腿を叩いた。


「隣を歩けよ」

「はあ?」

「教室でも隣なのに、後ろに下がられたら気味わりいよ」

「気味悪いって、失礼な」


 わざとふくれっ面を作ったけど。


 ちょっと嬉しくなる。


 隣。隣にいるのが、いつの間にか、当たり前になってたんだ。



 あたしがそうであるように、佐村も。





カブ……高校時代の憧れです(笑)

あのおっさんくささがたまらないですよね。

ビバおっさん。


次回も明日0〜3時に更新します。

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