11:不思議の国のウサギさん。
「竹永、次、乗り換え」
肩を揺らされ、はっと目覚める。いつの間にか寝てしまっていた。
「よだれ」
「え! うそ」
慌てて手の甲で口元を拭くと、佐村は嫌らしくニタリと笑った。
「コロス」
「冗談だって!」
これでもかと睨んでやったら、佐村は顔に縦線入れて、謝ってきた。ふん、ざまあみろ。
電車を乗り換え、十分。あたし達は、東武日光駅へと降り立った。
整備された道路と、三角屋根の駅舎。予想以上に綺麗な駅に、あたしは少し驚きながら、佐村の後ろをついていく。
「伯父さんが迎えに来てくれるから」
晴れ渡った空。小さな千切れ雲がほわんほわん浮いているだけの空に、真っ白な太陽が暖かな光を放つ。
いい天気。
片手を額に当て、直射日光から目を守る。
観光日和だ。
「豊介!」
佐村を呼ぶ低いハスキーボイス。佐村は「伯父さんだ」とあたしに目配せして、早歩きで歩き出した。
あたしも慌てて佐村を追う。
六対四くらいに分けて横に流した白髪まじり短髪。つぶらな瞳。少し垂れた目尻がなんとなく佐村に似てる。笑うと白い歯が輝いて見える佐村の伯父さん。
たぶん、五十代くらいなんだろうけど、すらりとした体型は筋肉質で、歳よりもずっと若く見える。
なんつーか、ダンディ。
「豊介、でかくなったなあ。伯父さんより身長高くなったか」
そう言って、佐村の頭をガシガシなでる。伯父さんのが、背でかいよ。
「あ、初めまして。豊介の伯父の、佐村高継です」
あたしの存在に気付いた伯父さんは、あたしに白い歯と一緒に笑顔を向けた。おじさんなのに、ものすっごい爽やかな笑顔。あたしもつられて、二ヘラと笑う。
「は、初めまして。えと……竹永郁です」
「郁ちゃんか。豊介、かわいい彼女じゃないか」
「まあね」
まあね、って、なにちゃっかり彼女にしてんだよ。
「彼女じゃないです。断じて」
強い口調で否定してやる。
「ふられちゃったよ、伯父さん」
「ははは、残念っ」
今の口調……絶対ギター侍なんだけど。古……。こんなダンディなのに、オヤジギャグ?
佐村も佐村で、「ふられたふられた」と笑いこけてるし。
「傷心旅行だな、豊介。よしよし、伯父さんが慰めてやるから、行くぞ」
傷心旅行について来てるあたしは一体なんなんだよ。
よくわからんノリで笑いあいながら、佐村と伯父さんは伯父さんの車に乗り込んで行く。
いわゆるファミリーカータイプの白いミニバンは、磨き上げられた車体が太陽光でぎらぎらと輝いていた。
「郁ちゃんも、早く乗って」
伯父さんはまたもやキラーなスマイルを向けてくる。大昔のアメリカ人みたい。
一抹の不安を感じながらも、あたしは車の後部座席に乗り込んだ。
***
腕をぐるりと回しても絶対に届かないだろう太い幹の大きな杉の木。その杉の木に囲まれた道路をひた走り、人気の無い道へと入っていく。
林がずっと続く道筋にはペンションらしき建物が見え、急にペンションが乱立したと思えば、林だけになったりと、景色がころころと変わってゆく。
変わっているというより、同じような風景が代わる代わる見えるだけという印象も受けるけど。
佐村の伯父さんがやっているというペンションは、ペンション乱立地帯の一角にあった。
コの字型になった道路にずらっと並ぶペンションの、一番端。
ダンディな伯父さんだから、ペンションもロココ調の絢爛豪華な建物をイメージしてたのだが、伯父さんのペンションは木で出来た兎さんが踊り狂うメルヘンチックな建物だった。
「これ、伯父さんが作ったんだよ」
自慢げに見せてくるのは、ペンションの名前が書いてある看板。絵本にでも載りそうなつぶらな瞳の兎が三羽跳ねていて、そこに『ペンション・不思議の国のウサギさん』と書いてあった。
「かわいいだろ?」
「か……かわいい、ですね」
似合ってないよ、伯父さん。
普通の一軒家と言ってもおかしくない一般的な建物。だけど、壁面にはウサギの絵が踊る。門から玄関までの二メートルを花壇が導き、花壇にはパンジーやすみれが鮮やかに咲いていた。
「お昼、用意しておいたんだ。食べてくだろ」
「さすが伯父さん。期待してたんだ」
意気揚々に家の中に入っていく佐村と伯父さんの後ろで、あたしは伯父さんのギャップに失笑しながら、泣きわめく腹の音を聞いていた。
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