10:猿がいっぱい。
「どこに行くの?」
電車に乗るということで、ホームに下りたあたしと佐村。ホームは人もまばらで、あたし達は電車のドアが来る場所の正面に立つことが出来た。
佐村は今日の今日までどこに行くか教えてくれなかった。与えてもらった情報は「ちょっと遠い」だけだ。
「俺の伯父さんがさ、日光にペンション建てたんだ。見に行こうと思って」
「日光!?」
目の前を何匹も何匹も猿が通り過ぎて、目の前が猿色だ。
……つい錯覚を見てしまった。
日光って、栃木でしょ? 小学校の時の修学旅行で行ったけど、けっこう遠かったような……。
「電車で三時間くらいだよ。それに、新幹線使わないから、金もそんなかからないし。あ、竹永、いくら持ってきた?」
「い、いちまん」
「じゃ、足りるだろ」
そういう問題じゃない。あたしはほんとにちょこっと遠出するくらいの気持ちでいたのだ。電車に乗るにしろ、一時間くらいで着くような、そのくらいの距離を想定していたのだ。
「遠くない?」
「そうか? 日帰りでも行ける距離だろ」
こいつの考えがわからない。いくらなんでも、初デート(と言ってしまうのは嫌なのだが)で日光をチョイスするってどういう感覚?
しかも、伯父さんが建てたペンションを見に行くって、デート(と言ってしまうのは本当に嫌なのだが)で行くところでも無いし!
なんとなく、これで佐村があたしと『デート』をするつもりで誘ったわけじゃないと、理解した。
ほっと安心したけど、なんだか……少しだけ寂しい。
やっぱり、あれは佐村の冗談だったんだろう。
佐村は「ばれたか」と言っただけだったんだから。
「俺さ、けっこう神社とか仏閣とか見るの好きなんだけど、竹永は?」
ずいぶんじじくさい趣味だな。高校生でそういうのが好きなやつなんて聞いたことない。
「あたしは……別に」
「そっか。じゃあ東照宮とかは見たくないか」
「小学生の時に見たよ」
「もっかい見たくね?」
自分が見たいんじゃん。
「見に行きたいんでしょ」
「そうとも言う」
意外だ。なんとなく佐村が興味がありそうなのって、それこそサーフィンとかスノボとかアクティブなもののような気がしてた。
そういえば、教室で他の男子とレゲエについて熱く語ってるのを聞いたことがある。
高校生の男がたいていそうであるように、佐村も音楽だったりファッションだったりそういうものが好きなんだと思ってたけど。
「俺、歴史が好きなんだよ」
そう言って佐村は、教室で見る笑顔よりもずっと開放感に溢れた笑顔を見せた。
「へえ」
「興味なし?」
「そんなことはないけど」
父親が毎週欠かさず見ている大河ドラマを、あたしも一緒に毎週見てる。そういえば弟も毎週見てるし、歴史もののゲームも欠かさずやってる。
多いのかも、歴史好きの男の子。
「弟は好きみたいよ。たぶん」
「お、気が合うかも。会いてえな、弟。竹永に似てんの?」
「似てないんじゃない? あたしはお父さん似で、弟はお母さん似だから」
「ふうん」
あたしの顔をのぞきこんでくる。目が一瞬合って、あたしはつい目をそらした。
「今日の竹永、学校で見るより大人っぽいよな」
「私服だからでしょ」
「その服、かわいいじゃん」
「はあ?」
頬に熱が一気に集中していく。やっぱり着替えればよかった。こんなかわいい服、気合入れてるみたいで、かっこ悪すぎ。
「顔が赤い」
妙に嬉しそうにあたしをからかってくる佐村の弁慶の泣き所を本気で蹴っ飛ばす。
佐村は「うげっ」と奇声をあげ、すねを抱えて座り込んだ。
「むかつくっ」
「褒めてんのに」
「からかってるだけじゃん」
佐村は涙目であたしを見上げて、ジーンズに付いてしまったあたしの蹴り跡を手で払う。ようやく立ち上がると、わざとらしいでっかいため息をついた。
「俺は竹永をからかったりしねえよ。心外だな」
「からかってんじゃん。あの時だって――」
言いかけて、口をつぐむ。こんな話、今すべきじゃない。
黙ってしまったあたしを不思議そうに見ながら、佐村はぽつりとつぶやいた。
「からかったことはあるかもしんないけどさ、嘘はつかねえよ」
『あの時』がどの時なのか、わかったのだろうか。佐村の言葉の意味を図りかねて、あたしは佐村を見上げた。
あたしより二十センチくらい背の高い佐村。すぐに目に入ったのは、佐村の耳。
先っぽがほんのりと赤くなっていた。
「耳が赤い」
つい口がすべる。佐村はぎょっとした顔であたしをチラッと見た後、すぐにそっぽを向いてしまった。
「むかつくっ」
あたしのさっきの口調を真似してくる。
なんだかおかしくて、お腹から笑いがせり上がってきた。
佐村と二人で会話を交わすことは、二年までそう多くはなかった。
なのに、旧知の仲みたいに、会話がするりと生まれてくる。
佐村の周りに人が集まるのは、そういう佐村の人懐っこさが理由なんだろう。
電車がようやく、ホームに入ってくる。ものすごい風が吹き込んできて、あたしは片手で髪を押さえ、片手でカバンを押さえた。
心の中にまで風は吹いてくる。
気付いていたのかもしれない。
始まっていたのかもしれない。
霧みたいに広がった、あたしの物思いが、風に巻き込まれてゆく。
見上げれば、空。
心の中の、どんよりと覆った雲の合間に、真っ青な空が垣間見えた。
旅先は、日光でした!
作者は高校生くらいから歴史好きでしたが、現役高校生の方たちはどうなのでしょうか?
ちょっと気になります(笑)
明日も0〜3時更新予定です。