プロローグ:始まりは手紙から。
はじめての×××。という企画の参加作品です。
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あたしはこの空の彼方に夢を見る。
教室の窓から見える真っ青な空はどこまでもどこまでも高く、澄みきっている。
もし、あたしの背中に羽が生えていたら、あたしは羽を広げ、この狭苦しい教室から飛び立つだろう。
真っ白な羽は、この世界を切り裂く。
高く。
遠く。
どこまでも。
あたしは。
逃げ出したいんだ。
この、つまらない世界から。
***
窓際後ろから二番目。そこがあたしの席だ。
教師のぼそぼそとした聞き取りづらい声はまるで子守唄のよう。
教室を見渡す。頭を垂れ、コクンコクンと揺れている人がちらほら。ほとんどの人が夢の世界に逃亡していた。
あたしはというと、窓際の席の特権である、よく見える空をぼんやりと眺めていた。
綿飴を引きちぎったような雲が空いっぱいに点在し、心地いい春の風が新緑を揺らしていく。
春の陽光は、あたしの体をほのかに温めてくれる。
頬杖をついて、シャーペンをくるりと一回転。指の上を支点に回るシャーペンはバランスを崩し、カラリ、と机の上を転がり、床に落ちた。
静かすぎる教室で、その音はやけに大きく響く。
教師の視線が一瞬、あたしを捉えた。
慌ててシャーペンを拾おうと、席から立ち上がる。
「上の空」
耳元をゆるい風がよぎった。
隣の席の佐村豊介が、あたしのシャーペンを拾ってくれていた。
「……ありがと」
「お前、いつもどこ見てんの」
小声の問いかけ。声が教師に聞こえていたらやばいと、もう一度教師を見る。どうやら会話は届いていないようだ。
「関係ないじゃん」
校庭では体育の授業が行われていて、時折歓声が聞こえる。ボールを蹴る音。笑い声。歓喜の声。「そこだ!」「行け!」楽しそうな声。
「毎日つまんなそうだな」
佐村の声を無視し、音を立てないように自分の席に座った。
地獄耳で有名なあの教師が振り返ってきたらどうしてくれるんだ。話しかけてくるな。
心の抗議を態度に変えて、あたしはひたすら黒板の文字を写していく。
「なあ、竹永」
あたしの名前を呼んでくる佐村。だから、まじで黙れ。
シカト作戦が通じたのか、佐村は視線を黒板に移してくれた。
安心して、もう一度空を見上げる。
飛べたらいいのに。
そしたら、あたしは、きっと今すぐ、この教室から飛び立つ。
「竹永」
ああもう! しつこい!
佐村の低い声はあたしの前の席に座る大川晶子にも聞こえたらしい。振り返ってあたしを見てくる。
目で「最悪」と訴えると彼女はあいまいに笑い、姿勢を戻してしまった。
ふと気付くと、机の片隅にルーズリーフの切れ端が置いてあった。小指の先くらいの大きさにまで折りたたんであるそれをいぶかしく思いながら手に取ると、佐村はにっと笑ってきた。
どうやら、こいつからの手紙らしい。
仕方なく、広げてゆく。折り目がいっぱいついた紙切れには、こう書いてあった。
『どこかに行こうか』
どこへ行くの?
あたしは、どこに行けばいいの?
見えない未来が不安で、漠然とふくらむ将来が怖い。
だから――
閉塞感しかない今のこの現実を、羽ばたく翼で振り払って。
あたしは、逃げ出すんだ。
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