笑わない人、笑う人たち
この話は「彼女はいつも急いでいた」の続きの話です。
が、それを読んでいなくても問題なく読める話にしたつもりです。
カラオケ屋で働いていた時のこと。
朝のシフトを一緒にやっていた女性が突然やめてしまったので、急遽人が入ることになった。
中国の方だった。
社員の方にその話を聞いたとき一抹の不安が走った。
ここから先はもう何年も前の話である事と、
あくまで私が受けた印象である。
なのでもし中国の方と働く、
知り合いが出来ても先入観を持たないでほしい。
彼女と働きだして不安は的中した。
笑わない。
愛想がない。
この時中国のかたと働くのは三回目であったが、以前の二人もそうだったのだ。
必要最低限の感情しか表さない。
その一緒に働きだした中国のかた、Rさん、彼女も最低限の表情しか出さなかった。
かといって日本語が拙いわけでもない。
むしろ達者な方だった。
仕事も早々に覚え、空いた時間には雑談もする。
雑談といっても前回の彼女のように、自分のことをべらべら喋るわけではない。
「今日は暇ですね」
「そうですね」
その程度だ。
そして全く無表情なわけではではなかった。
声に出して笑うことはなかったが、ご主人とのなり染めなどを聞くと微笑んだ。
たまに見せるその微笑みは貴重で、とても美しかった。
一緒に働くようになってから、Rさんに逆に質問されることがあった。
「なぜ、すいませんというのですか?」
Rさんは日本語が達者ではあったが、曖昧な日本語は理解できない。
彼女と会話する時にはできる限りシンプルで、直接的な言葉を使わなければいけなかった。
「何がありました?」
疑問を疑問で返すのも変だがこうやってコミュニケーションをとっていかないと、会話を成立させるのは難しかった。
「トイレの場所を聞かれるときすいませんとい言われます」
私は返答に詰まった。
暫く考え
「Excuse meと同じ意味です」
この答えで合っていたのかは未だにわからない。
私より英語も達者であったRさんは
「わかりました、ありがとう」
納得してくれたように見えた。
私は素朴で正直で笑顔の美しいRさんに好感をおぼえていった。
私は基本は朝シフトだが、忙しい時は夜のシフトにも出ていた。
夜のシフトは学生が多く、賑やかだった。
久々に夜のシフトに出るとRさんの話題であふれていた。
「あの人全然笑わなくて気持ち悪くない?」
「人をじっと見つめるしさ」
確かに滅多に笑わない。
人をじっと見るのも彼女の癖だ。
ただ人をじっと見つめる時、Rさんはその人の話をちゃんと聞いている、そういう時だ。
「あんな人形みたいな人、カラオケ屋で働くには合わないんだよ」
「そうそう、雛人形ね」
夜シフトの人たちはそういって笑いまくっていた。
あなたたちの笑いのほうが、よほど気味が悪いよ。
職場で不快感を覚えることはなかったが、初めて不快に思ったのはこの時だったのかもしれない。
私は、夜のシフトに出ることを徐々に減らしていった。
暫くしてRさんは一身上の都合で辞めることになった。
私はそれを聞いて、パソコンで単語単語を繋げた中国語の手紙を書いた。
「一緒 働いた 楽しかった 元気で」
日本語にするとこんな滅茶苦茶な言葉だ。
文法がわからなかったのでしようがない。
意味が通じたかわからないが、恐らくRさんも私が一番理解出来そうな言葉を選んだのだろう。
「謝謝 再見」
そういって私の手を握ってくれた。
握ってくれた手は温かで、柔らかかった。
Rさんとの話はこれで終わりである。
が、少しこぼれ話を。
その後、ネパールのかたと働いたことがある。
その人はよく笑い、怒り、感情表現の豊かな人だった。
ヒンドゥー教を信仰しながらも
「豚肉食べたい!」
とよく言っていたのを覚えている。
なのでRさんのことは私の方が先に、勝手に先入観をもっていたのかもしれない。
反省すべきである。