心に残る棘
2個目か3個目かの派遣先会社であったこと。
あまり詳細は書けないが、商品と在庫と入金を管理する部署であった。
顧客・商品担当といったところか。
部署は4人体制だったが、同じ仕事をするのは、定年退職を1年後に控えたMさん(個人的にはおじいちゃんと呼びたい)
他の2名は新卒君で、部署は一緒でも業務は別物。
ちょうど業務システム改変期ということで、Mさんのアシストとして私が派遣されたわけだ。
働きだしてしばらくしてから、妙な事に気がついた。
売り上げ高と商品数が合っていない。
直属の上司ということで、Mさんに確認をしてみる。
すると、「毎回ね、そういう細かいずれはでちゃうんだよ」と。
経理部の方からも何も言われるような事はなかったし、ずっとこの会社でこの業務をやっていた人がいうのだからそういうものなのだろうと思い業務を続けていく。
しかし、あまりにも「ずれ」は続き、金額も大きくなっていく。
Mさんに確認しても、答えはいつも一緒だ。
「僕はね、ずっとこうやって仕事してきたんだから、大丈夫だ」
そうして嬉しそうに孫の話や、退職後の話をする。
何度目かの確認の時に、とうとう信用ができなくなった。
しばらく一緒に働いてみて、Mさんの言葉を信用するのは危ないと判断したのだ。
とはいっても、相談する相手がいない。
新人君はこちらの業務のことは分からないだろうし、他部署のえらい人に相談するにも、ちょっと内容的にまずいと感じ取っていた。
新システム移行の最中ということで、副社長とはよく会話をかわしていた。
結局、副社長に直接話をしにいった。
「そのちょっとのずれが危ないんじゃないか!」
副社長自らが部署専任担当となってくれ、細かい確認作業が続いた。
結果は最悪だった。
細かい「ずれ」の積み重ね。
それが一千万円を越す売り上げ損失になっていた。
「この何十年間、何をやっていたんだ!」
と責める副社長に対しMさんは
「細かいずれはあるものだと思っていたから」といつものように笑って答えたのだった。
こんな人間でも社会で通用するのか、と脱力を覚えた瞬間だった。
その後は大変だった。Mさんは業務からはずされ、謝罪にクレーム対応に数値直しにミーティングの繰り返し。
ただひたすら大変だったことしか覚えていない。
その多忙の中で、損失はMさんの退職金からあてられる事を聞いた。
それと同時に退職期が早まるということも。
仕事として、私は間違ったことはしていないと今でも言える。
ただ、もし私がこの会社に派遣されておらず、事が発覚しなかったなら。
人生をこの会社に捧げ、孫の話と退職後の話を嬉しそうにしていたMさんは、円満な仕事人生終了とのんびりとした老後をすごせるはずだったのだろう。
正しい決断だったと思う。
だけれども、なぜか心に棘が刺さったように。
嬉しそうなMさんの笑顔を思い出す。