表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

永遠の小説

忘れられないこと。

またもカラオケ屋の話ですが、私はカラオケ屋だけで3軒程働いています。

その中の1軒のこと。

20才の頃だろうか。

カラオケ屋の面接に受かった。

働いてみて、驚いた。

私以外のスタッフは、全員高学歴だったのである。


早稲田、慶応、そして東大。

何故専門学校生の私が入れたのか、未だに謎のままだ。


しかし、皆好意的で楽しいスタッフであった。

癖を抜かせば。


ジャニーズオタクでSM○Pのコンサートチケットを10万で買う女。

大きなジグソーパズルを持ってきてピースをはめる男。

常にノーパンで、家では全裸が一番だと熱く語る男。


高学歴の人って、良く分からない、と私に偏見を持たせるには充分な人たちばかりであった。


それでも仕事は楽しくやっていた。


私が仕事にすっかり馴染んだ頃、新たなスタッフが入ってきた。


名をTさんと呼ぶ。


Tさんはやはり高学歴であった。

明大生だった。


私は明大が好きだった。

旧校舎の建築模様が大好きだったのだ。


嬉々としてTさんに話しかけた。

「明大いいですねー。私明大の校舎大好きなんですよー」


Tさんは愛想のない声で答えた。

「家から一番近い大学を選んだだけだよ。

それに古いものに価値があるというのなら、違うと思うけど」


私は呆気にとられた。

なるほど!!!頭のいい人は良く分からない!

と。


和気あいあいとしたスタッフの中でTさんは人を寄せ付けない雰囲気をかもしだして、いつもメモ帳に何かをかりかりと書いていた。


他のスタッフは、Tさんの事を感じが悪いと言っていた。

確かに愛想がなく馴染もうとしないTさんは浮いていた。


しかし私は、ただ一人、Tさんに好意的であった。

「キクゾウ、この本読んでみな」

と思い出したように本を貸してくれるのが嬉しかったし、その全く未知の世界の小説はいつでも私を喜ばせた。


そんな中、問題は起きた。


いまとなっては、職場に10分前くらいに着くのは当然だと思う。

当時、当然スタッフは全員10分から15分前くらいには職場に入っていた。


Tさんは、それを守らなかった。


いつも1分前くらいから定時ジャストに職場に入っていたのだ。


唯一の社員、マネージャーがTさんを呼び出した。

他のスタッフの不満も溜まっていた。

私はハラハラとその場を見つめていた。


「なぜもっと早く来れないんだ?」


Tさんはつまらなそうに答えた。


「僕は自分の時間を時給で売ってるんです。

大事な時間を無駄にはしたくない」


世間知らずで高慢な発言だったと思う。

だが今でもTさんの発言は一理ある、と思ってしまうのだ。


マネージャーはその高慢な返事に当然クビを告げた。


Tさんは対して気にした風でもなく、私物をまとめだした。

他のスタッフは安堵したように仕事に戻り、私だけがなんとも言えない気持ちのままそこに残った。


するとTさんが

「キクゾウ、明日○○駅に来れる?」

と聞いてきた。

私は「バイト前なら」と答えた。

「じゃ、明日ね」

とTさんはさっさと帰ってしまった。


翌日。

私より先にTさんは居た。

珍しく煙草を吸って待っていた。

視線を浮かせて、煙を吐いているその姿は、誰をも寄せ付けない孤高の人を思わせた。


Tさんが先に気付いた。


「よ」

いつも通りの愛想のない声だった。

私が返事に迷っていると、それも気にした風でもなく

「もう貸せないからあげるよ」

と鞄から無造作に一冊の本を取り出した。


「あげるようなものがない」

お礼をするより先に、そんなとんちんかんな事を言ったと思う。


私に本を手渡しながらTさんは

「俺があげたいんだ。キクゾウは無駄なプライドがないから、比較的好きだったよ。俺はプライドが高いから、きっとうまく生きていけないと思う」

珍しくTさんは微笑していた。


Tさんはただ高慢だったわけではない。

自身を冷静に見ながら、それでも生きにくい道を選んでいる人だった。


「じゃあ」

またも、Tさんはさっさと帰ってしまいそうになる。

私は慌てて

「いつも、何を書いていたの?」

と聞いた。


Tさんは足を止めて

「小説」

と、短く述べた。

続けて

「俺は、小説家になるよ」

なりたい、ではなく、なる。

強い口調と強い眼差しだったのを覚えている。


言い終えるとTさんは去っていってしまった。



約2年後、奇跡的な偶然でTさんと出会った。


お互い急いでいたので、簡潔な会話だった。


「Tさん久し振りです!今は何をしてるんですか?」


「会社員をやってるよ。俺、丸くなったよ」


そう言って笑みを浮かべたTさんからは、孤高の人という印象は消えていた。

先輩とみられる人に腕を引かれ

「じゃあね」

と去って行った。

それ以降、Tさんと会う事はなかった。



私の手元には一冊の本がある。

ジョルジュバタイユ作の

「眼球譚」


Tさんがくれた本だ。

いつ読んでも、なるほど!意味が分からん!!となる。

頭のいい人が考えている事は良く分からない。

今も当時も変わらない。



そして私はずっと読みたい小説がある。


Tさんの小説だ。


出来上がっているのかどうかすら分からない、もしかして作家にでもなっていないか、趣味で小説を書いていないか。



何年経った今でも、私の眼はTさんの名前を探し続ける。



一気に書いたので、後で手を加えたいと思います。

折角目を通して頂いたのに申し訳ありません。

追記

ある程度手を加えました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ